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2010年8月29日 (日)

尊敬する学者ー小倉千加子さん

8月24日

 60も過ぎると尊敬する学者というのは数が限られてくる。なにしろ亡くなってしまうのである。自分の過去の時間の中で大事にしていた尊敬の感情は、対象を失って、強い記憶として固定化され、すでに別のレヴェルの感情に移行している。フロイトの言い方では「自我は、自分が愛した人を失う体験をするとき、その他者を字が構造の中に体内化し、他者の属性を自分の身に帯びて、模倣という行為を通じて他者をとどめておく」ということになる。これは恋愛であろうが、敬愛であろうが、すべての愛に共通すると思う。

 もちろん、同分野では敬愛する先輩の研究者はいらっしゃり、自分個人としては直接に、そのお仕事をうけて仕事をしているという意識が強い。少なくとも、私の世代の研究者までは、そういう形で研究者としての感情生活というのは維持されてきた。And there are noneということになったらどうしようというのは、怖れのような感情。

 残った人々の中で、他分野の人、同業でない人で、しかもまだ元気、つまりほぼ同世代、あるいは少し年下の人ということになると、考えてみるとほとんどいない。これは私のつとめているのが研究所で、しかも同一の分野の研究者が集まっているためかもしれない。他分野の人と職場であうということがほとんどない。

 昨日、そんなことを考えてみて、まず筆頭に来たのが小倉千加子さんで、いま現在、ほかの人が念頭に上らない。

 そうはいっても、小倉さんの本をそんなに読んだ訳ではない。上記のことを自覚した以上、今後、時間を作って読んでみようと思うが、これまでよく読んだのは2冊だけ。

 まず『セックス神話解体新書』。これは感動。私の世代だと、ヴォーヴォワールの『第二の性』とエンゲルスの『起源』で、フェ二ズムの洗礼を受けたというのが「普通」(?)だと思うが、この本は、衝撃だった。例によって奥さんが買ってきたものだが、読んで、子どもにも勧めた。残念ながら彼らは読んでないと思うが、これは読んでおいた方が、人生の安全のためによい。

(そろそろ昼休みが終わりで、この項目続く)、

(続き)8月29日

 次ぎが『セクシュアリティの心理学』。学者としての尊敬というようになったのは、この本である。この本も奥さんが買ってきたもの。歴史学者としては、現在の法学や経済学の研究、さらに哲学や社会学の研究などはほとんど底が知れているという感じで、刺激をうけることは少ない。歴史学との学際的な関係も第二次大戦前の時期から相当のものがあって、学史を追っていけば、これらの学問を相対化することは十分に可能である。

 けれども心理学という学問分野にはまったく勘が働かないのは私だけのことではないと思う。もちろん、中井久夫氏の『治療文化論』などの仕事は、中井氏が河音能平さんの友人であることもあって、歴史家には親しいもので、また小田晋『日本の狂気誌』などの歴史的な疾病史の仕事も貴重なものである。さらに河合隼雄『昔話と日本人の心』などのユングを使った分析は、日本民俗学の視野をもってしても同じようなことはいえるという感じで、あまり心理学のありがたみは感じないが、しかし問題のサーヴェイには便利である。しかし、私の寡聞という可能性もあるが、近現代史は別として、江戸時代史以前ということになれば、それらを受けとめた仕事はほとんどない。

 『セクシュアリティの心理学』「摂食障害」「ジェンダー概念の登場」「ダーウィンと性科学の誕生」「性差についての歴史的言説史」「近代婚姻制度」「母娘関係」そして「ジェンダー・セックス・セクシャリティのの三元構造」から「クイア理論」へと読んで行くと、心理学の全体の建物を、その基礎部分から見通しているという感じがしてくる。しかも自然科学・医学と社会諸科学とのジョイント部分がここにあるということを確認しながら、疾走しているような感じになる。著者は心理学を「保守的な学問」と規定するが、それよりも「はるかに保守的な学問」としての医学の男権主義を嘲笑し、「セクシュアリティに関して社会はごまかしに満ちている」と宣告しながら、新しいアイデンティティと連帯の勁さを求めてまっすぐに前をみながら走る。

 その目が心理学全体にむいていることは著者が、「はしがき」で「長年にわたって硬直し権威化した心理学に訣別し、すべての心理学者が自らの実存から出た動機をもって研究に臨むべき時が到来している」といい、現状を「心理学全体の危機であり、大学人存立の危機である」と述べていることに明かである。歴史学は、その実用性・実践性が間接的であり、またともかく史料と格闘し、知識を蓄積していれば擬似労働という自己意識が可能であるだけに、その危機は隠されているが、しかし、危機の性格は基本的に同じである。今、法学や経済学などの社会科学の中心部分とそれを担う大学人には危機意識をみることはほとんどないから、この宣言は心に響く。

 これは社会科学とと心理学の関係という根本問題にも関わってくるが、やはり心理学はもっとも自然科学に近く、その課題も相貌も似ているように思う。ともかく、この本を読んでいると、私のような人文人間は自然科学コンプレクスを刺激されるのである。

 このごろ理系の研究者の実践意識の強さを感じることが多いが、彼らは、対象的自然、環境的自然の荒廃と変容から大きな衝撃を受けている。そして、ある意味で人文社会系の学者より真面目で共感をもてる人が多い。私は、環境的自然の荒廃と野生化に対応して、二〇世紀末期には主体的自然、身体的自然の側の荒廃と野生化もはっきりしてきたと考えている。自然の文明への復讐が明らかに客体・主体の双方に二重化した形で出てきている。心理学者は、それがもっとも鋭く現れる精神と心理の動態を目前としているはずで、その実践意識が強くなるのは、自然科学者と同様のはずである。

 私は心理学全体の動向はわからない。はるか以前、フロイトとジェームスを読もうとして挫折した。歴史家は社会的には常識的にふるまうのがうまいが、しかし、中井久夫氏が歴史家は「執着性気質」の人が多いというのが事実とすれば、歴史家は自己の内面を突き放すのは苦手である。そして、そもそも心理学とはもっとも相性の悪い文化をもっているのではないかと思う。いま、『物語の中世』で書いた三年太郎論(三年寝太郎=顛癇症候群論)を書き直そうとして勉強中ではあるが、精神医学をめぐってきびしい対立の経験をみたことがある我々の世代には、そもそもその再点検は、たいへんに重たい作業である。しかし、この本を読んでいると、そういう心理学全体の動きがフェミニズム心理学に先端的に現れているのであろうことが、よくわかる。そのレトリックの強さ、わかりやすさは見事である。

 具体的な歴史学の研究課題との関係では、第四章「性差についての歴史的言説史」が興味深いが、これについては長くなるので、そのうち具体的にふれてみたい。

 本の中心は、セックスとジェンダーとセクシャリティの三元構造を区別し、相互の関係を解くという論点。ジェンダー先行で、セクシャリティからセックスとが実体化されるという立論は、私には興味深い。著者は、これをカフカの「城」のような堂々巡りに喩え、「なぜなら、セクシャリティは個人が自覚したときにはすでに指向が決まっており、それが形成される時の記憶を誰ももたないからである」という。

 ジェンダーが物に表現されればフェティシズムと嗜癖性になるといってよいとすると、これは性のフェティシズムがセクシャルオリエンテーションと身体的な意識・無意識の相互関係を媒介にして身体の物質性の形を作っていくということになるのだろうか。だとすると、これは商品の呪物性が、欲望と消費における物と物、効用価値と効用価値の関係を媒介にして社会関係のスタイル、その物件化したスタイルを作っていう関係と併走することになるのではないかと思う。私の分担の前近代でいえば、身分が身分的な労働によって特定の身分的な身体を作りだしていくという関係になる。

 商品の呪物性、商品のフェティシズムは、万物の欲望知識を身体に刷り込まれるという効用性を媒介にしている。そしてその消費欲望は性別のフェティシズムをもつ。主体的な自然、身体的な自然の破壊は、商品のフェティシズムと人間の身体の商品化の暴走によりもたらされるのだろうが、その場合、いわゆる抽象的な人間労働の神経消磨労働としての側面が肉体としての神経の安定を崩す構造(精神労働と肉体労働の分裂の極限の形)が、現代労働の特有の落とし穴で、そこに性のフェティシズムがドライヴを駆ける構造が恐いのだろうと思う。それは人間の精神の基礎に破壊を及ぼす力をもっている。商品のフェティシズムを解消するということは単なる社会関係の変化ではなく、カタストロフの経験に近接したところ乗り越えるような性のフェティシズムの解消と自由化と併走しなければならないような関係ではないかと思わされる。それが男女平等というような法的関係のレヴェルに留まらないことは明かだろう。

 これは心理学から「社会学」、というよりも社会科学一般への出口の取り方がどうなるのかに関わってくるのだと思う。私には、「社会学者」としての著者のスタンスがまだよくわからないが、ともかく今は、『セクシャリティの心理学』を読んで、感心している。

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