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2010年9月25日 (土)

自称社会主義ー中国の「労働教養制度」

 昨日、9月24日の朝日(朝刊)に「意のまま批判者勾留、中国の労働教養制度」という記事があった。いくら新聞、とくにその朝刊が嫌いだとはいっても、これは重要な記事で、読まざるをえない記事である。朝日の解説によれば、行政機関である各地方政府の労働教養管理委員会が、裁判や弁護士の弁護なしに修養を決定できる制度。同委員会は、事実上、警察当局が運営している。紹介されているのは、北京の外資系企業のキャリアウーマンだった野靖環さんが、投資した会社の倒産処理をめぐってデモを組織した一人であったために、警察に連行され、1年9ヶ月にわたって「労働教養所」に拘禁されたという事件である。

 これは深刻な問題だと思う。私は、現存する社会主義を自称する諸国家の実態をどう考えるかは、歴史理論にとってクルーシャルな問題、決定的な問題であると考えてきた。それについて、若干でもまとまった形で自分の意見を述べたのは、2002年に行われた歴史学研究会の創立70周年記念シンポジウムでの報告「社会構成論と東アジア」が初めてだが、いま、それが、たかだか八年前のことであるというのを確認してみると不思議に思う。私としては、この問題は、それほど、もっとも長く考え続けている問題なのである。歴史家として、できるかぎりのところまで詰め切ってみたいと考えている。
 この講演の最後で述べたのは、前近代を専攻する歴史家からみると、現存する自称社会主義というものがどうみえるかという話しで、網野善彦さんや戸田芳実さんの議論からそれを考えるという現代史家からみれば迂遠な話しであったかもしれない。それ故に、ほとんどこれについては、誰からも、意見も感想も聞いたことがない。シンポジウムが終わった後、懇親会の行われる早稲田大学の会館へのスロープを歩きながら、永原先生が網野さんの見解は「ロマン主義なんだよ。保立君」と強い批判を語られたことぐらいである。それはたしかにそうなので、講演を本にいれた時は(『歴史学をみつめ直す』)、それを入れて置いた。

 しかし、ともかく、よく知られている方の、網野さんの見解から紹介すると、網野さんの議論は、世界史の全体を「社会構成」の観点から捉える上で、一方で「奴隷制ー農奴制ー資本制の発展段階」という私有をめぐる発展段階をおき、他方では、「無所有・無縁の深化・発展に関わる法則」「共同体の歴史に関わる法則」をおくというシェーマである。また、戸田さんの言い方も、世界史における様々な「社会構成」を考える上で、私的所有と集団所有、そしてその絡み合いを基本におくというもので、これは網野さんの議論と共通するものであった。
 ただ、議論の仕方としては戸田さんの方が厳密であって、戸田さんは、普通の考え方では、共同所有というものをアプリオリに「よい関係」、支配隷属の諸関係とは対象的なものとしてしまうが、それは正しくない。そして、逆に私的所有をかならず「悪い関係」、支配隷属をともなう関係としてしまうのも正しくない。引用しておくと、従来の歴史理論研究は「集団所有をもっぱら非階級的な共同体に結びつけ、私的所有をもっぱら階級関係にむすびつけることによって前資本制的所有の二側面を分離する傾向が強かった」という訳である。そして戸田さんは「奴隷制規定や封建制規定の枠をこえた」問題追究の必要を強調して、「集団所有の側面が優越し、それに規定された階級的所有形態という点にその特質がある」とする。
 この戸田さんの表現はやはり難しいかもしれないが、網野さんのいうよりは正確に意味をとることができる。私は、戸田さんのいうことに大塚さんの声を聞く。そうでなくても、我々の世代のように、一度は、例のマルクスのアジア的生産様式論という面倒な議論の跡を追跡してみたことのある人、そういう練習をしたことのある人には、戸田さんのいうことの方が簡明に理解できると思う。網野さんは、そういう厳密さにはこだわらなかったから。
 ようするに、戸田さんのいうのは、所有の私的側面と集団的側面の相互関係を解明し、集団所有というとついつい理想化してしまったり、私的所有というとついつい利己主義という言葉を思い出してしまうような感じ方からはなれて問題を考えなければならないということである。「共同所有」という言葉をつかわずに、もっと無色な「集団所有」という言葉を使うのが重要ということである。そして、網野さんの議論には、「共同性」というものを美化してしまうところがあるので、歴史理論の議論としては、戸田さんの議論から出発する必要があるのである。

 ただ、問題は、網野さんも戸田さんも、この集団所有と私的所有の関係や絡み合いの構造について具体的な議論をしていないということである。歴史学では、古くからこういう「二重の社会関係・所有関係」という議論は多いのだが、問題は、戸田さんのいう「絡み合い」の具体相をどういうように方法的に論じることが可能かという点にある。

 まだ十分に整理はできていないが、集団的な所有は、かならず執行者や代表者をもっているが、集団が代表者をもつと、横並びの集団の代表者同士の関係ができ、下部集団、つまり集団の内部を構成する集団の代表者との関係もできる。そして、上下につらなる集団関係は、代表者の個人関係という要素を内部に含みはじめる。代表関係とは、集団の「精神」を代表するということで、一種の分業関係であるから、これは一つの客観的な社会関係に展開する。代表と代表との個人関係は、個人関係ではあるが、粗野な関係の下では個人関係を維持することは当然の権利となり、習慣となる。これが集団から個人が分離して私的権利を維持する合法的な権利をあたえる。私的な権利は、本来的には家族的な権利、個別的な権利という性格をもっており、これは個々人の自由を基盤としているが、これが集団関係の中での私的権限に展開する過程は、個別家族の「男」支配が、男連合による男権主義的権限という性格をもつようになる過程と深く関係している。こうして、この集団関係の中に存在する私的権限は、個別家族の本来的な個別的な所有の関係とは区別された性格をもつところまで跳躍するのである。
 私的関係というのは、こういう集団間関係との関係をもつことによって、私的支配にまで拡大していく条件をあたえられる。集団関係と私的関係の絡み合いの基礎には、つねにこのような動きがあり、これが社会全体に展開する中で、複雑な構成、コンプレックスができあがっていく。
 問題は、集団間関係が、私的関係によって再編成されることである。代表者や執行者は、他集団の代表者との個人関係をもつことによって、母集団から浮き上がり、独自の関係を維持し始める。このような独自の関係は、それ自身として自己を合法化する力はもっていない私的な関係であるが、しかし、自分の内部に、それなりの専門性、管理労働、精神労働などを含みこむことによって、社会的な分業、専門性の相互関係のネットワークの中に紛れ込み、それらの分業関係全体の主要な一部として自己を偽装することによって、客観性を獲得する。

 しかも、その場が、集団間の境界的な場、共同体間の境界的な場であることが問題である。ここでは人々は自由な個人として向かい合うが、それは一面で市場であるが、一面で人は人に対して狼であるという動物的な関係となる。自由な個人として側面を強調するのは網野さん、境界の場の困難で動物的な性格を強調するのは大塚先生。どちらも正しいことはいうまでもない。この境界的な世界、無所有に近い世界、自然と人間が直接に向かい合う世界に、人間の発達の希望があることは事実だが、他方で、そこでは金力と暴力がものをいう。共同体間、集団間の関係から浮き上がった私的関係は、この世界で金力と暴力を握ることによって初めて社会全体を掌握し、それを最終的に構造化していく。このような金力と暴力を内部にはらむ集団間の神経系統=伝導ベルトを掌握した代表者あるいは代表に対する奉仕者集団相互の個人関係の位置が社会からそびえ立つのである。その原型は広域暴力団であって、ここでは暴力は共同体と集団を越える。暴力も一つの社会的分業であって、暴力を身に帯びるものは独特の身分となる(私も『中世の愛と従属』で書いたように、私たち平安時代研究者にとっては、広域暴力団が上等化し、身分化したものが「武士」であるというのは常識であるが、それはより一般的な問題であることになる)。
 集団間関係の組織が私的関係によって組織される。集団間関係の重層化は、集団と集団が伝動ベルトによって結合されるという形で展開するが、これは伝動ベルトは、集団の観点からみれば私的関係である。このような私的関係なしには集団間関係は強制関係には展開しないし、逆に私的関係は、このような集団関係なしには社会の梃子を握ることはできない。また国家は暴力組織であるということがしばしばいわれるが、それは国家機構が暴力装置であるという単純な話しではなく、それを体系として捉えるならば、その根っこが境界領域における日常的な暴力の存在にあることが重要であり、そしてそれを前提として合法的暴力であるということが重要であるということにもなる。

 スターリンの「前衛党」なるものについての言い方に、社会の伝導ベルトであるという言い方があったと思う。もちろん、政党というものは結社の一つであって、その意味では、様々な社会の諸集団に属する人々が、結社を形成するのは近代社会の原則に属する重要な権利であり、自由である。しかし、社会の集団、職能集団、専門性集団の自立性が存在しない場所で、自己を集団をこえる伝導ベルトであると主張する「前衛党」なるものは怖い。政党は議会と公的空間、一人一票の世界に属するものであって、その意味では社会全体に直結する場に成立するものである。金力や暴力とは本質的に無関係でなければならない組織である。本来的に必要なのは、集団間関係が透明な民主主義、一人一票制の全体によって統括され、「神の手」によって合理的で友愛にあふれ、さらに賢く慎重で、その意味で保守的な選択が行われることであって、そのような賢さは、一方では、集団間関係が無意識な市場であることの中から、他方では各集団のもつ専門性が相互に尊重されるという構成的な社会関係の中から生まれていくほかないように思う。
 なお、ヨーロッパ社会が強いのは、12・13世紀、経済史的には手工業の自立とともに、市場関係の安定化がもたらされるとともに、専門職の世界、専門性の世界が生まれてきたためである。この専門職の世界が、ヨーロッパ的な広さの中で、広域組織として生まれてきたこと、その意味でヨーロッパの封建国家からは超越したカソリックな組織であったことも重要であった。このような超地域性が専門職の組織化には必要なのであって、国家が最初から広域的な帝国であった東アジアでは、このような専門職発生の条件はなかったことになる。ロシア・中国を中心とした自称社会主義と専門職問題というのはきわめて大きな問題であるということが、ここからもわかる。

 さて、中国の「労働教養制度」の話しの深刻さは、この意味で境界領域が警察暴力によって支配されているということだと思う。集団を越えたところで、境界領域において不自由である。本来、網野さんのいうように、もっとも境界領域として典型的な場所である道路の場が、怖いということは深刻であると思う。
 もちろん、社会のシステムが違ったからとって、そこに住んでいるのは同じ人間である。社会のシステムが違ったからとって、そこにいる人間自身が違うかのように思うのは、よい意味でも悪い意味でも幻想である。中国の映画をみていると、また中国の歴史家たちと付き合うと、自然に共感することが多い。

 そして、自称社会主義の社会は、いわば戦争社会主義であり、和田春樹さんがいうように世界戦争の時代としての20世紀に生まれたものである。中国社会主義がアジア太平洋戦争の結果であり、そのあり方には、日本の中国侵略が重大な条件となっていることはいうまでもない。歴史家としては、日本と中国の間の歴史的な貸し借り関係への顧慮なしに、中国の社会を論ずることはできない。
 私としても、それをよくよく考えるのが歴史家の第一の仕事であることは重々承知している積もりだが、しかし、未来を考える条件を支える仕事をもつ歴史家、とくに、集団所有というものが実際上、きわめて大きな意味をもっていた前近代史を専門とする歴史家は、「社会主義」の問題に無関心でいることはできないのである。

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