考古学協会が発掘報告書を国外へー東京新聞インタビゥ
先週、東京新聞文化部の岩岡千景さんからインタビゥがあった。日本考古学協会がこれまで蓄積した大量の発掘報告書(56200冊余)をイギリスのセインズベリー研究所(日本文化の研究センター)にすべて寄贈してしまうという話しをどう思うかという話しである。
この五月の日本考古学協会の総会で決定されたということだが、これに異議を申し立てる会員が臨時総会の開催をもとめている(森浩一代表)。
今日、この問題についての特集が掲載された東京新聞(2010(平成22)年9月13日)が送られてきた。正確に事態を伝えているよい記事だと思う。新聞は、発掘情報に紙面を割くだけでなく、こういう基本問題を提起するのが役割のはずである。
インタビゥーの電話は、ちょうど、和紙の顕微鏡データの整理をしていた時で、エイヤと頭を和紙の顕微鏡画像から切り離したが、脳細胞が画像にくっついて向こういってしまったようで、すぐには頭がまわらず、しどろもどろになる。
それらしいことをいったように、記事を書いてくれた記者に感謝であるが、それにしても、日考協はどうしたのだろう。
いまでもそうなのだと思うが、日考協は一種の同職団体のはずで、日考協の会員でなければ遺跡の発掘はできないという性格があるはずだと思う。そして、それを保証するのが、発掘した遺跡の報告書はかならず日考協に提出するということであったはずだと思う。発掘が学術的に行われたかどうかは、この報告書によって検証されるということであったと思う。だから、これは職能団体にとってはいっしゅの個人毎の身分証明書のようなものだと思う。
それを国外に出してしまうというのは職能団体としては自殺行為にならないのだろうか。団体の中核をなす文書というのは、やはり現物でもっていないとならないと思う。セインズベリー研究所が電子化するからというのだが、電子化の権利、それを修正・編集する権利、それを著作物に利用する権利などがどうなるのか、民間基金によっているというセインズベリー研究所が、万が一破綻をしたらどうなるのか、電子媒体の著作権の状況がどうなるのかということがビッグイッシュウになっている時代に無警戒ではないかと思う。
もう一つ気になるのは、日考協は国立考古学博物館を建てるべきであるという戦略をもっているのではなかったのかということである。
上行寺・一ノ谷・柳御所などの調査体制や保存問題で、実質上、そして主張や運動が終わってしまった後にも、役割を果たすという役割を負われた石井進さんは、その過程で、、「国立考古学博物館の構想は、日考協が出しているが、これはしばらくは無理なのだよ。保立君。ともかく、佐倉の歴史民俗博物館の後は、まず九州国立博物館を立てようという合意があって(九州財界の後押しもあって)、それで進んでいるのだから、国立考古学博物館というのは次の次になっている」と説明してくれた。日考協も、今の段階ではどこまで本気かどうかといわれたように思う。
もし国立考古学博物館(それはこれだけの規模の発掘調査をしている国には、当然にあってよいものだが)が立てられたすれば、その中心的な収蔵物の一つが、発掘報告書になるはずである。セットとして残っているのは、何といっても日考協のセットのはずである。こう考えると、日考協は、もう考古学博物館構想を実質上は放棄しているのかと思う。
政府の多数や民主党・自民党などの多数政党が、文化的資産を大事にしないのは、日本社会が骨の髄までかかっている病気であり、この病気を治さないと、どうにもならないという感情は、研究者には親しいものである。その上、今ではジャーナリズムは第三権力であるという見方も一般的になっている。それはそうであろうが、しかし、新聞に記事がのり、問題が広く知られれば、議論の出発点となるというのは、以前、遺跡の保存運動に関わった時の経験である。
私が日考協と関わったのは、その時、つまり、上行寺東遺跡と一ノ谷中世墳墓群の保存問題に学界側の事務局として関わった時のことで、はるか昔のことだが、日考協の文化財保存問題特別委員会には世話になったという記憶がある。かならずしもすぐに答えてくれるということではないが、ともかくもあそこを説得すれば、問題は動き出す部分があるということはわかった。考古学者の中での職業的な問題の扱いには慣れており、必要なことはするという感じをうけた。それは平泉の柳御所の保存問題の最初の段階でも、日考協メンバーの意向はこちらに伝わってきた記憶がある。あれからも様々な変化があったに違いないが、この問題は、日考協の試金石になりそうな気がする。
インタビゥーをうけたこともあって、上記の経験を思い起こし、先週、遅れていた『見付の町に一ノ谷があったー一ノ谷遺跡の保存運動の記録』のPDF化の作業を開始した。自分の講演の記録は、しばらく前にHPに載せたが、「考える会」の仲間には九月にはアップするといってあるので、おそくも一〇月にはすべてをアップする積もり。
以上、昼休み終わり。
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