柄谷行人氏の「世界共和国へ」について
柄谷行人氏の『世界共和国へ』は、出た時に買って面白く読んだ。頭のいい人だと思い、その後『トランスクリティーク』も読んでみた。レトリックがいかにも自信にあふれていて、その分、読みやすい。そして、柄谷氏は歴史家の仕事に属することを述べており、歴史家怠慢のそしりはまぬかれないだろうというのが感想。
とはいっても、歴史家がやるとすると、ああ軽やかにはいかない。岩波の編集者にも、面白いけれども、歴史家にはああいうやりかたはできないといったことがある。歴史学者としてやるとすると、整理すべきことがさらに多く、なかなかうまくはいかないと思う。
柄谷氏の本は、全体としては、アジア的生産様式、奴隷制、封建制という基本的に古い図式、悪い意味での「世界史の基本法則」論、社会構成の四段階論を前提にしているのが、我々歴史家にとっては最大の問題である。やや乱暴な言い方かもしれないが、古い四段階図式をウヲーラーステインの「世界帝国」「世界経済」と合体してリヴァイスし、ポランニーを接着剤として使ったという印象である。これはこういう世界に親しんだ人は読めるかもしれないが、しかし、それらを除くと、辺境理論の利用、ルカッチ的な前近代における経済と政治の区別不能論その他、歴史学者にとってはなじみふかい議論である。たとえば、二〇世紀歴史学をマルクス・ウェーバー・トインビーを合わせたものとして読んでいたとすると、世界史のイメージとしては具体的にはあまり変わりはないのである。
ただ、私はウヲーラーステインに対する評価が低いので、これは偏よった意見かもしれない。また何といっても、柄谷の広汎な読書にもとづく問題の広げ方には感心する。これは批評家というスタンスの強さだと思う。最近、『世界史の構造』を読んでいるが、そこでも、ともかくあれからあれへと展開するので、そのまえにまず、『世界共和国へ』についてメモを作ることにした。
メモとはいっても、具体的な批判や対案の提出ではなく、現在のところ感想という程度のものに過ぎない。今、総武線の中。今日は京都出張なので、総武線・新幹線に載っている間は時間がある。ちょうどよい時間なので、まず総武線で記憶にもとづいてメモをつくって、新幹線で『世界共和国へ』を読み直してみたい。あくまでも感想のレベルなので自分用のメモであるが、そのうち、もっと正確に考えてみたい。
まず、前提として、私は柄谷氏の強調するいわゆる「アソシエーション論」に基本的に賛成である。将来社会が、何らかの意味で「アソシエーション」「協同社会」を基本としたものであるべきものであるということは、どのような立場からも納得できることだと思う。また柄谷氏がカントとマルクスという問題の立て方をするのにも賛成である。デカンショ節ではないが、ショーペンハウワーは別として、デカルト・カントは、我々の世代でも必ず前提とするべきものであった。そのレヴェルから考えなければ、ヨーロッパというものを相対化できないだろうと思う。それから、柄谷氏がボロメオの環という形で、「資本ーネーションー国家」が密接にむすびついて支え合っている構造を問題にしなければならないといっているのも賛成である。少なくとも問題はそう立てられなければならない。ネーションを問題の環にいれなければならないというのは、いわゆる「国民国家の相対化」ということになるが、これが一九世紀と明瞭に違うところだろうと思います。さらに本の題名にあるような「世界共和国」論、これはアソシエーショニズムの延長上に考えられている訳ですが、これも賛成です。当面、国連をきわめて重視すべきこと、これは明かです。たとえば、中国のノーベル平和賞受賞者に対する乱暴な拘束継続の問題がありますが、これは国連のレヴェルで問題にするべきことだと思います。国連での議論ということになれば(あくまでも一定の手続き的・制度的基礎を前提にですが)、このレヴェルでの言論批判は内政干渉ということにはならないはずです。
ようするに、もっとも基本的な現実的な社会的姿勢としても、方法態度としても、柄谷氏のいうことに異論は少ないということです。
ただ、第一に、私が問題が残っていると考えたのは、やはり、「資本ーネーションー国家」なるものの考え方で、柄谷氏の提案は、別の言い方をすれば、「所有・共同体・国家」ということになると思うが、問題は、この三つの関係構造をどう解くのか、どう一元的に解くのかということであったはずだと思う。悪くいうと、これは三元論的現象論であり、変数が多いだけ、華々しい感じはするということになる。
しかし、歴史家は具体的な史料から具体的な局面を描き出し、それを全局に位置づけることを日常の仕事としている。そこで必要な歴史理論は、この三つの関係構造の根っこのようなところをつねに明瞭に意識させるようなものでなくてはならない。そういう風には使いにくい議論と思う。
次ぎに、アソシエーショニズムというものをどう考えるかという点も重要で、私が知っているのは広西元信氏と田畑稔氏の議論だが、どうも柄谷氏がアソシエーショニズムということでどういう問題を具体的に出したいのかが、広西・田畑の議論とくらべるとよくわからない。チョムスキーのいうリバタリアン社会主義を頭においている、一種の統整的理念であるなどというレヴェルはよいのだが、プルードンとマルクスの比較という形で問題を理解するという形になっている。一九世紀について多様な議論をするということで、その趣旨はわかるのだが、しかし、論理的にどういうことをいっているかがよくわからない。ほかに展開があるのかもしれず、これは『世界史の構造』の方でよくみてみたい。
ともかく田畑氏のようにマルクスのアソシエーショニズムの前提にはルソーがあるという形で概念的に詰めた議論の方が、私にはわかりがよい。ルソー・カント・ヘーゲル・マルクスという方が話の順序としてはわかりがよい。カントとマルクスというのも、間にルソーがいるから意味のある議論になるのだと思う。広西氏の仕事はこぶし文庫で出た時に読んでショッキングであったが、田畑氏の仕事はさらに受けとめやすい。田畑氏の議論の重要性は歴史学の方ではあまり聞かないが、私は重要なものだと思い、蒙を開かれる感じがする。
そして、上記の二つの問題は、私の思うところだと、結局のところ、二〇世紀社会主義なる奇体な社会構成をどう考えているのかという問題に帰着する。私は、この二〇世紀社会主義なるものは、人類史における集団的所有と私的所有の絡み合いの歴史というスパーンでみると、集団的所有に根をおく全体主義社会であるというほかないと考えている。これは国家社会主義であるという点、あるいは全体主義という点では、ナチズムと同じであるといわざるをえないものだと思う。私は神学者のバルトがナチスに抵抗的な姿勢をとりながらも、ソビエトに対して全体主義という批判を下げなかったのはやはり重要であるというのが、母校・キリスト教大学の経験の中で、結局、学んだことの一つである。
もちろん、全体主義とはいっても、実質はいろいろで、たとえば私は中国を全体主義国家であると思うが、全体主義だからといってナチズムとは決定的に違っていることはいうまでもない。中国革命は、清帝国をほぼ非暴力的に解体して、近代的統一を作りだし、日本の侵略に対抗したという点では、全体としてはめずらしく成功裏に進んだ革命である。文化大革命における弾圧や、天安門事件への弾圧、現在も続いている抑圧はあるが、ナチスやスターリン、さらに日本の天皇制全体主義国家とはくらべものにならないものである。少なくとも、ナチス・スターリン・日本ファシズムのよう大虐殺はしていない。
ようするに、全体主義というのは歴史の様々な段階で様々な形で発生するものである。全体主義だからといって、外交関係をもたないというようなことはありえない。ナチスのように、資本主義の上からイデオロギー支配をかぶせ、人々の野蛮な要求と放縦を満たすことによって、国家統制を稠密にしていくタイプと、基礎単位における共同占有を許した上で、集団的所有と支配を組み上げる自称社会主義タイプでは、少なくともその社会に住んでいる人にとって、その意味はまったく異なっている。全体主義であろうと、それは基本的人権の公理の国際的批判基準は、当然適用されねばならないとはいっても、それ自身は、その社会、そのネーションの社会制度選択権に属するのである。堀田善衛がどこかでいっていたように、社会主義のみでなく、自称「社会主義国」に住んでいる人を悪魔のように思う野蛮・無教養が現在でも残っているのは、アメリカの田舎だけである。
ようするに、柄谷氏の理解には、こういう人類史における集団所有と専制国家に対する系統的な理解が欠けていると思う。とはいっても、歴史学も同断なので偉そうなことはいえない。なにしろ専制国家というとアジア的専制なる用語しかもたないというのが、歴史学の通念だったのであって、全体主義的専制が、どのような機構と神経系統をもって成立するのかは、こちらで詰めないといけない問題である。自称社会主義を表現するのにアジア的専制というのは、ある意味でその通りにしても、なんとも不便なことである。
集団所有の重層の作り出す支配ということについては、私は戸田芳実氏の簡単な定式化を越えるものをしらないので、困るのだが、ともかくも、これなしには、本質的に国家というものは存在しえないと考える。国家が国家として構成されるためには、それは単に私的な所有ではなく、結局、自己を集団的所有を基礎におく全体的所有の主体に何らかの意味で(想像的か、現実的な)組み上げざるをえない。この集団所有論なしには、本質的に国家論は成立しないのである。いうまでもなく、資本主義は、もっとも私的所有が骨絡みの社会構成である。しかし、それも、他面では人類史上、最大規模にまで発展した企業による集団所有の世界の組織として現れるのである。流通過程が企業と企業、集団と集団の所場争いの場であり、それを媒介にして、利潤率の傾向的低下の法則が現れ、はじめて超過利潤の世界と、労賃・利潤・地代の配分と同時に、職能的配分の世界が構造化され、国家が構造化されるような世界であるということのはずである。
国家の問題としては、さらに、もう一つ根本的なのは、交通様式の問題である。これについては柄谷氏は経済的な生産様式を交換・互酬・略取の交換様式という言葉にずらすことを提案しているが、むしろ私は交通様式という言葉を維持したいという考え方である。つまり、「モード・オブ・コミュニケーション」ということになるが、これはより単純にいえば、精神的分業(精神労働と肉体労働の対立)の中で考えた方がよい。つまり、交通というのは生産過程を越えるところでの移動・交換などにともなう意思関係であるから、これは分業でいえば、スミスのいう手と頭の分業の発展したスタイルを前提にかんがえた方がよいということになる。多様な手と多様な頭、つまりスミスの言い方では才能の異種性の交換が交通ということの中身である。
この精神的分業は、狭い意味での交通様式から、その交通内部の情報を中心とする情報様式、その情報関係の中での知識の移動の様式、知識様式などを内容とするといってよい。これは以前、「情報と記憶」という文章で論じたJ.スチュアートのいう社会の「神経系統」(これを戸田芳実氏が拡大して歴史分析に利用した)の問題にも関わってくる。そして、何よりも重要なのは、この精神的分業が精神労働と肉体労働の対立という形をとっていることが、国家の最大の前提なのであるということである。
要するに、解きがたく見えるボロメオの環を外すためには、三元を一元にする方法が必要であって、その際、集団所有と精神的分業というものがキー概念になるというのが私の考え方である。
そして、それは人類の社会構成の歴史全体の理解にも関わってくるのであって、集団所有と私的所有の絡みあい、そして精神的分業の独特な展開などによって、社会構成の類型は伝統的な氏族的・奴隷的・封建的・資本制的という四つではおさまらないような多様性をみせるというのが、『歴史学をみつめ直すー封建制概念の放棄』で論じた私見である。これを肉づけるような議論がまだ出来ていないのは認めざるをえないが、しかし、私は、それが必要であると考えている。四段階図式は、何としても廃棄しなければならない。
将来社会の理想というのは、ようするに、社会というものがどういうものであるかを全員が知って、それを教養としてもった上で、社会のアソシエーションを作り出していくということがないと実現できないものである。市場経済とは何か、資本主義とは何か、それを人類史の長い経過の中で、論理的に位置づけることが、ほとんど常識に近くなっている社会にならないと「協同社会」というものは実現できない。歴史的・世界史的「批判」ということが終局的には必要なのである。
そして、このためにこそ、歴史学または歴史理論というものはあるはずである。最近、といっても、ここ一〇年ほど、身近な人々と話しをしていても、こういう話は「高尚」な話ということになり、どこからか、会話が転調し、不可聴のヴェールが降りてくるように感じる。
その意味で、柄谷氏のものなどを歴史学者が読まなくなるというのは、やはり問題だと思うのである。もちろん、歴史学は、まずはアーカイヴズと接触するような職能であって、学問であり、仕事であり、趣味である。しかし、ダーウィンの進化生物学が現在の社会的常識になっているように、歴史学と歴史理論が常識化する時代はかならず来る。歴史学はその基礎構築のために人文社会諸学の境界点の位置、あるいは僕=下部の位置にいたはずなのである。
それが拓く世界は、社会関係、経済関係というものが相互に理解されている、自己自身を意識しながら関係しあう世界であるはずである。こうして社会関係は徐々に透明になっていく。そもそも人間というのは真っ黒であって、どこまでいっても「業」に囚われた存在である。社会関係の透明化が、家族関係の透明化(人間の再生産関係の透明化)におよんでも、人間が根本的に業に囚われていることは解消されない。人間には不可視の部分があり、汚濁にまみれた部分、不可視の部分は自分しか知らないという形で尊厳を守るほかない存在である。それは汚辱とそれに対応する浄穢の体系を可視的なものとしてにもつ、外部にもつことによって、社会を構造づけるような諸関係をなくさなければならないということのはずである。
社会を透明化しようというのがアソシエーションの動きであるということは了解する。しかし、その主体となる「自由な個人」「完全に発達した個人」というもの自身をあまりに近代主義的・理性主義的に透明なものとみてはならない。それはいよいよ恐怖に満ちた全体主義の世界になる。結局、この問題は、アソシエーションの前提となる、社会的機能、職能、専門性なるものをどう考えるか、世界大にひろがる専門性の世界、いわばカソリックの世界をどう考えるかという問題にも帰着するのであるが、もう浜松。これについて議論するには社会的職能・機能をどう考えるかという議論が必要なので、ここでは省略する。『世界共和国へ』をチェックし直す時間はなくなったので、あるいは誤解があるかもしれない。これは御寛恕を御願いする。
いずれにせよ、人間の「業」を見つめるためにこそ社会を透明化するのだということを、たとえば鈴木大拙などを読んでいると考えるのである。
史
« 和紙近江調査と堺市博物館の矢内氏 | トップページ | 天網恢々、疎にして漏らさず。 »
「歴史理論」カテゴリの記事
- 何のために「平安時代史」研究をするのか(2018.11.23)
- 世界史の波動の図。(2018.01.14)
- 日本の国家中枢には人種主義が浸透しているのかどうか。(2017.10.22)
- 「『人種問題』と公共―トマス・ペインとヴェブレンにもふれて」(2017.07.17)
- グローバル経済と超帝国主義ーネグリの『帝国』をどう読むか(2016.07.01)