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2010年11月15日 (月)

王子製紙の研究所訪問。やはりカルシウム紙か。

 今日(11月15日)は王子製紙の研究所への訪問の日。
 事前の修復室との打ち合わせで時間を過ごし、12時に農学部で待ち合わせにギリギリ。弁当を食べる時間が少なく、三分の一ほど食べてから慌てて出る。
 豊洲にある研究開発本部、さすがに立派な研究所である。分析センターの方々にお会いする。
 こちらからの御願いは柔細胞の画像の確認、分析、さらに、それ以外の非繊維物質の特定であった。結果として、和紙分類の四番目は、カルシウム紙で良いかも知れないという結果。ただし、まだ特定はできない。もう一度、試料と分析の目的などを再提示して議論の上、試験を御願いすることになった。今回の調査でだいたい一週間かかったということで、本当にお世話になった。企業としてはすぐに成果となるものではないが、実験と知識の蓄積にはなるといっていただき、かつ担当の方が興味をもって取り組んでいただけたのはわかり、ありがたかった。
 まず分析センターの器機の見学。各所で私と史料編纂所のメンバーを人文系の人なのでわかるように説明してあげてほしいといわれて恐縮。
 第一はまず分子レベルの成分を分析するためのラマンレーザー分析と顕微鏡赤外分光分析の機器。顕微赤外分光分析(FTーIR)は、和紙科研でもE前先生がすでに行ったが、上記のデータはえていない。セルロースの繊維とヘミセルロースの区別ができないのも問題。顕微赤外透過分析、また特定の成分の面的な分布を表示する機能(イメージング)をもつフーリエ赤外分光顕微鏡も見学。スペクトル毎の分布が明瞭になる。
 興味深かったのはラマンレーザー分析の顕微鏡。これは化合物にレーザー光をあててると通常の反射光以外に分子振動にかかわる弱い電磁波、光の反射を計測するシステム。発見者、インドのラマン博士の名前をとってラマンスペクトルといい、これによって化合物を特定する。影響するのは1ミクロンの範囲なので、とくに試料をぬらしておけば完全な非破壊分析が可能ということである(ただし墨のところには水をつけていないとカーボン化することがあるので注意)。
 顕微鏡のディスプレイの上で赤いマークを動かし、狙った粒子などにレーザー光をあてることができる。これまで、紙の分析ではあまり使用されていないが最新式の非破壊分析。立体的な分析が可能、水があっても分析可能なところが、顕微赤外分光分析と相違するということであった。
 次は、様々な電子顕微鏡と断面を作成する器機をみせていただく。後者の器機により作成した紙の断面の電子顕微鏡写真は見事なもの。断面作成はダイアモンドのナイフで切断する方式、イオンビームで切断する方式があった。
 表面分析の顕微鏡は、飛行時間型二時イオン質量分析装置(イオンを試料の表面にぶつけて発生した反射二次イオンを円環の中に飛ばして分析)、光電子分光分析装置(元素の定量分析、測定深さ10ナノメートル)、さらに原子間力顕微鏡(Scanning Probe Microscope、Probe(針)で表面をタッピングして表面の画像を作成する)をみせていただく。最後のSPMは非破壊で自然状態でみえるので、きわめて有用とのこと。パルプの表面の細繊維(フィブリル)の状態がよくわかる写真は見事なものであった。
 次ぎに、β線地合計を見学。この機械は、江前先生の論文「和紙の簀目の幾何学的構造と大徳寺文書における簀目数分析」でなじみのものであるが、はじめてお目にかかった(この論文は和紙科研のHPにのっている論文の部の科研「禅宗寺院文書の古文書学的研究」のPDF)。同論文は、この地合計で、一枚の和紙のミリメートル毎の坪量分布(繊維材料の濃度分布)を作成し、さらに表面の形状測定によって和紙表面の凹凸を分析している。これで和紙を計測した後、これらにムラがなくても簀目が形成されることを発見し、それを前提として同論文は、簀目の幾何学的構造が簀にそって繊維が横にならぶことに求めた。
 さらに、湿度によって料紙がどの程度に変化するかを計測する機械、水につけた場合の強度を計測する装置、澱粉測定装置を見学。水につけた場合の強度を計測する装置で、美濃紙の計測をしてみると面白いという話をした。美濃紙は水に強いので、商家では会計帳簿に使い、火事があると井戸に投げ込んで守ったという話をきいたことがある。
 澱粉計測装置は、料紙の厚さをだいたい8層に分割して、層(テープ)にはいでいって(いわゆる和紙でいう相へぎということになる)、層毎に澱粉のみを抽出して澱粉の定量分析ができる器機。洋紙も澱粉を使用することがあるので有効な装置であるということであったが、室町幕府奉行人の竪紙奉書は澱粉が70%以上と考えていると、当方から説明したが、驚いて聞いてくれたように感じた。
 最後に、紙質検査室を見学。水・インクの吸収率などの表面特性を計測する器機、光沢度・白色度などの光学的特性の計測装置、厚さ計測機器、紙の強度や「こわさ」を計測する装置、超音波による繊維配向姓計測計などを見学した。和紙科研でも、やはり、紙の物理的・光学的な紙質を記録し、さらに顕微鏡分析を行ってデータを作成するので、 ある意味で同じことをやっているということを実感した。しかし、これらの器機が一部屋に並んでいる様子は壮観であった。

 以上の器機見学の後に、和紙を電子顕微鏡とラマンレーザー分析を行った結果を紹介していただいた。微分干渉や位相差顕微鏡の写真は見事なもので、それに対応するラマンレーザー分析の結果によって、相当のことがわかることを確認した。
 一番大きな成果は、冒頭に述べたように、楮の繊維の中にも、蓚酸カルシウムが相当量含まれているということがはっきりしたことであろうか。これによって、和紙の物理分析によって四種類の和紙が区別できることになるかもしれない。この結論を確定して、和紙科研のHPを年度内に書き直せば、科研としては最初の意図を達成することができたことになる。
 そして、この蓚酸カルシウムの画像、柔細胞の画像(二種類あるかもしれない)、さらに澱粉の画像、トロロアオイの画像などをデータベースとすることができれば、100倍の顕微鏡で和紙を覗いた時にみえる様々な粒子や物質を見分けることが実際にできるかもしれない。そこまでやれば人文研究者もある程度の分析力をもつことができるのは確実のようである。そして、和紙の紙質その他、様々な分析結果と合わせてマトリクスを作れば、和紙の物理分析がある程度自動的にできることになるかもしれない。以上をふまえて再度、分析の方向と必要性、意義をまとめることとする。

  先日、職場の同僚に「文理融合研究」はスマートで格好良い感じがするといわれて驚く。こちらは研究というよりも修復室との関係でふってきた仕事であり、かつ地味な仕事・正真正銘の基礎研究であると思っていた。しかもようするに自然系の人々の教えがなければ出発することもできないような種類の研究である。

 しかし、今回の王子製紙研究所を訪問してみると、たしかに自然系の研究の格好良さを実感したような気持ちになる。王子製紙の研究開発本部分析センターの方々に本当に深く感謝である。

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