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2010年12月14日 (火)

石田衣良の小説と思い出

101214_132422  石田衣良の小説『非正規レジスタンス』を読んだ。
  率直にいってやや安易といわざるをえないプロット。文章も荒れている。消耗品としての小説である。それにふさわしい小説作法で書いているのもミエミエである。しかも、主人公がライターで、その関係でライターなるものについての風俗的省察のようなものが書かれているのもあまり愉快な感じはあたえない。
 けれどもだからこそ、疲れた時などには読ませる力をもっている。自己の内面の荒さにちょうどよい荒さをもった文章、あるいは小説。疲労を疲労として受けとめるための肌合いをあたえてくれるという訳だ。プロットが安っぽいのも、それに適合していて気を楽にしてくれる。これをもっと意識的にやれればたいしたものだ。そして一つ一つの短編の長さが丁度よい。全体を通したテーマは「透明な家族・透明な人間」。巻頭を引用する。

「この世界には見えない家族っているよな。壊れてしまったせいで、まるで汚物のようにディスプレイから隠されてしまう家族の話だ。そこにいるのに誰も気づかず、いくら悲鳴をあげても誰もきいてくれない。苦しみや貧しさはすべて家族の内側に押しつけられて、外に漏れだすこともない。そして、いつのまにか汚れた春の雪のように世の中から消えていくのだ(この部分、原文は、「いつのまにか春の雪のようにきれいさっぱりと世の中から消えていくのだ」。趣味の問題だが、「春の雪のようにきれい」という文節が入るのは違和感。ともかく書き飛ばしているとしか思えない)。ばらばらに空中分解するか、立ち腐れたまま溶けていく無数の家族」。

 こういう家族の運命というのは、現代社会では、誰の家族の運命にもなりうる。家族の内部を腐らせることによって社会を正規化するというのは資本主義社会に特有のシステムである。労働力の平準化と諦めの心理を人々の内面から作り出していくということが、家族の再生産機能の中に密接に組み込まれている。社会の表皮は、そのような家族を透明にしてみえなくさせるようにその清潔機能をフル回転させている。情報化社会なるもののもっとも大きな問題は、デジタル情報が、家族内部に直接に社会が現象するための手段をあたえたということだろう。人と文化を通じて社会が入ってくるのではなく、直接に社会が現象する。その力たるやすさまじい。
 しかし、そのすさまじさは現実社会のすさまじさの反映であることはいうまでもなく、石田の小説は、そのすさまじさを切り取ることに成功している。
 表題作の「非正規レジスタンス」は、ベターデイズという派遣請負の「大企業」に対して、モエという女性が代表をつとめるフリーターズ・ユニオンが、労働法違反を摘発するという筋。それに主人公の果物屋の息子兼ライターというトラブル処理相談を趣味にする男がいやいやながら協力しているうちに引き込まれるという話。なにしろこのモエという女性が、実は、ベターデイズ社長令嬢であったという安易プロットである。その上、男親をやっつけて、死んだ母親が、この企業に懸けた善意を思い起こさ、社長を会長に引退させ、自分が取締役となるという勧善懲悪話である。こういう水戸黄門的な筋書きでも、ともかく「正義感」がベースに座っているのがよいということではある。
 なお、「よりよい日」ではなく「善き意思」という派遣業社があったことは、いまは忘れられているだろうか。この名前は私には忘れられない事情があるが、それはおいておくとして、次のところを読んだら鮮烈なイメージがやってきた。

 冬の朝6時は、夜明けまえだった。真っ暗ではないけれど、朝焼けも始まっていない青い時間である。池袋のマルイから芸術劇場にかけて、たくさんのガキが白い息を吐いてたむろしていた。劇場通りにはミニバンとマイクロバスがびっしりとならんでいる。おれの住んでる街でこんな景色を見たのは生まれて初めてだった。池袋駅の西口は日雇い派遣の有名な集合地点だったのだ。

 これを読んで思い出したのは、大学院時代のアルバイトの風景。私の場合は、日暮里駅の南口だったと思う。早朝、そこにいって、ミニバンに詰め込まれ、いくつかの働き場所にいった。いまでもよく憶えているのは、高島平にあった倉庫。いま、時々、職場から神保町に出る時などに使う三田線に乗ると、終点の高島平という表示を見て、いつも思い出す。
 この倉庫はアイスクリームの物流の一中心であったらしい。巨大な倉庫の中には、耐寒服をきて、グローブをして入り、アイスクリーム・氷菓の入った段ボールの積み替え作業である。冬でも、外にでてくるとほっとした。帰りはどう帰ったのかは憶えていない。郊外の荒れた町並みしか憶えていない。
自分がまったくの肉体労働力であり、そのようなものとして扱われている。そのような「労働」によってしか生活ができないということ、そういう境遇であるということを当然のごとく自覚したということだろうか。
 悲しかったのは、アイスクリーム段ボール箱の積み方で、紛議があったこと。おそらく私よりは恒常的に長く、その倉庫で積み替えをやっていた私よりも年長の男の人は、たしか互い違いに段ボール箱を積んでいた。身体も強そうでしゃっきりした感じの人だったから、彼を中心になんとなく集団ができていた。ところが、ある時、もっと「上」の別の男がきて、そんな必要はないといって、ただただ平に積んでいった。どちらにどのような必要があったのかは憶えていないし、はっきりはしないことなのだろうが、これは、段ボールの積み方という小さなことでも、自分のやり方でできないということを露骨にみせられた。


 石田衣良の小説でも、ミニバンに乗せられていった先は、やはり倉庫で段ボールの積み替えが仕事である。これはようするに、同じことだ。しかし、派遣労働は、私の大学院時代には非合法面が強く、日暮里駅でもいかにもこそこそという感じで、人買いの車に乗せられた。いまでは堂々とやっているという訳だ。石田の小説を読んで、「派遣」とはそういうことなのだ、あの労働が合法化し、全面化しているということなのだという実感のイメージ。
 そして、この種の労働にはいまではアドホックな集団もできないという訳だ。いま、東京近郊のどの街でも、早朝の駅は、寝場所を確保できなかった人々が、若い人、中年の人、「透明人間」が、あの通路、この通路を歩いている風景がある。こういう風景をみるためだけでも、六時前に駅にいったら、周辺を歩いてみるとよいと思う。何という社会だという単純な怒り。石田の小説は、この怒りを呼ぶ力はもっている。

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