奈良時代政治史と不比等皇親論ー不比等は天智の子供
WebPageに「奈良時代の王権と社会構成」という2007,9,20に復旦大学で行われたシンポジウムでの私の報告をアップした。論文集『東亜王権と政治思想』International Academic Forum,Sovereignty and Political Thought in East Asian Historyに載ったものだが、簡単には入手できないので、ここに載せる。
ずっとやっている「万世一系論」の仕事の延長である。不比等が天智と車持よし子の間にできた男子であるという伝承は帝王編年記、『大鏡』などにあり、平安時代にはまったくの事実として信じられていた。この時期の王妃の名前に「よしこ」が多いのは、この伝統をうけたものと考えている。院政期に入ると、白河の母が「しげこ」であった関係から「しげこ」が多くなる。「よしこさん」から「しげこさん」というのが王妃の名前の流行の変化ということになる。
文学の方の仕事では、多田一臣氏の仕事があって、私は、それに賛成の立場から、『歴史学をみつめなおす』におさめた歴史学研究会の総合部会報告をした。これはもう10年前か。
これまで何度か書いてきたが、ただ、これが一番詳しく、 入手不能なために注記にも載せなかったが、『かぐや姫と王権神話』の前提となった論文。『かぐや姫』では、それを車持王子=不比等説として書いた。
奈良時代政治史が、皇親政治から急激に「藤原氏の台頭」となることは、これによってはじめて合理的に理解できるというのが私見。天武・天智の王統の統一を図るために、天智の血を引く不比等の子孫を王妃に迎えるというオブセッションに支配された政治ということになる。
なお、最後の部分に引用したBasil Hall Chamberlainの論文はきわめて興味深く、これに対応する「万世一系論」を早く完成したいと思っている。
その部分だけ、WEB Pageから抜いて引用しておく。
最後になりますが、法制史の石井紫郎氏は、最近、日本でまた売れ出した新渡戸稲造の『武士道』を、すでに明治時代に明瞭に批判していたBasil Hall Chamberlainの”Things Japanese”(一八九〇)を紹介しました("Globalisation Regionalisation and National Policy Systems" Proceedings of the Second Anglo-Japanese Academy, 7-11 January 2006)。実は、この批判の部分は日本で出版された際に、検閲によって削除された”Abdication (of Emperors)"、”Bushido”、"History and Mythology"、"Mikado"の部分に含まれているのですが、私が注目したのは次の一節です。それを引用して報告を終えたいと思います。
Love of country seemed likely to yield to humble bowing down before foreign models. Officialdom not unnaturally took fright at this abdication of national individualism. Evidently something must be done to turn the tide. Accordingly, patriotic sentiment was appealed to through the throne, whose hoary antiquity had ever been a source of pride to Japanese literati, who loved to dwell on the contrast between Japan's unique line of absolute monarchs and the short-lived dynasties of China. Shintoh, a primitive nature cult, which had fallen into discredit was taken out of its cupboard and dusted. The common people, it is true, continued to place their affection on Buddhism. The popular festivals were Buddhist, Buddhist also the temples where they buried their dead. The governing class determined to change all this. They insisted on the Shintoh doctrine that the Mikado descends in direct succession from the native Goddess o the Sun, and that he himself is a living God on earth who justly claims the absolute fealty of his subjects.
なお、本論の構成は次の通り。不比等皇親論はⅡ3にある。
Ⅰ東アジアの中世と日本国家
(1)東アジアの「中世」
(2)社会構成ーー首長制社会
(3)双系制社会論と首長・王権
Ⅱ奈良王権の血統
(1)持統の位置と王家の近親婚
(2)文武天皇と藤原不比等
(3)「不比等=皇親説」
(4)双系制と奈良時代政治史
Ⅲ万世一系と東アジア
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