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2010年12月25日 (土)

系図史料の論文をWEBPAGEに

 昨年7月、韓国の中央研究院で報告した「日本史における系譜・系図史料」、活字になったものをWEBPAGEにアップした。実は、ほとんど忘れていたが、先日ゲラの二校を返した「土地範疇と地頭領主権」という論文と関わって思い出した。

 韓国学中央研究院の李建植先生に依頼されて韓国に行って報告した。仕事の科研との関係で李先生に様々なことをお願いしたところ、族譜についての研究会をやるから、一本、報告をせよといわれて、急遽、報告を準備した。冷や汗ものであったが、ともかく勉強をして報告したというレヴェルのものである。しかし、勉強になった。

 ほとんど入手する機会はないと思うので、あげておいた。義江明子さん、飯沼賢司氏、網野善彦さんの仕事によったもの。

 研究会は、韓国・台湾・日本の研究者が集まって系譜論をするという面白い研究会であった。しかし、今、ブログを書きながら思うのは、その時の議論の細部、討論の楽しさは、やはりその時に記録をしておくのであったということ。 

 私の報告について許興植先生(韓国学中央研究院)が事前に用意された質問は、韓国との比較論であった。科挙制度との結合の上で作成された韓国の族譜とくらべて、日本の系図は「神社を中心とした国家宗教が社会の基盤として強く維持されたこと」との関係で作られたものではないかというのが第一点。第二点は、日本の家系記録が韓国にくらべて垂直性が強く横の連携が弱い理由は何か。横に記録を結びつける状況はどの程度あるのかということであった。

 第一の御質問については、平安時代の国家では、氏族的組織をいまだに重要な要素としており、系図は、その組織運営の世俗的目的が第一であり、氏神組織との関係は第二の要素であること、第二のご質問については、網状の系図それ自身は存在し拡がっていた。ただ支配氏族が少なくなったという特徴の中で、氏ともつかず、家ともつかずという曖昧さが一般的である中で記録の形態が大きくことなることになったと考えたいという意見を申し上げた。

 しかし、族譜のことがよくわかっていないので、討論はかみ合わない。ただ、まずは共通性を確認した上で、相違を考えるという方向が望ましいのではないかと申し上げたことについては、了解をいただけたように思う。

 韓国の側にも日本の歴史社会についての異質論がある。それに対して、相似性の側面を考えたいのだが、せっかくの機会であったのに、その先に議論を展開することはできなかった。

 「氏族」、クランというのは、ウェーバーを引くまでもなく、東アジア論ではすぐに出てくる問題だが、大学時代以来、よくわからないままというのは、なんとも情けない話である。

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