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2010年12月24日 (金)

ゲド戦記の翻訳、ひっかかったところ

101224_111729   子供たちが読んでいたこともあって、いつからかアーシュラ・K・ルグィンをよく読むようになった。今日の話は、『ゲド戦記』の翻訳について。誤訳という訳ではないが、少し納得できないところについてである。
 もう、新しい小説を読むということはほとんどないので、以前に読んだ本を何度も読み返す。そして、原文が英語だと、何冊かについては英文のペーパーバックがあるので、それを読む。そういうようにしていると、翻訳が気になってくる。文章そのものの好みの問題にもなるので、どれが正しいだとかいうことではない。ただ、読んでいればこう訳したいという感じが出てくるのは自然なことである。
 『The Other Wind』(岩波書店、日本語訳清水真砂子『アースシーの風』)のPalaces(王宮)の最後近く。レバンネンが船に乗って、国の西部で森に火を放った龍たちのもとに急行する場面。日本語訳では「その晩、王とその一行は、王の持ち船のなかでもいちばん速い船に乗り、オニキスの起こす魔法の風を背にハブナー湾を横切って、明け方には早くもオン山のふもとのオネバ川の河口に到着していた」と始まるパラグラフ。
 叙述は、河口から陸路をとって急行するところから、レバンネンの心の中にフォーカスし、状況を少し前にさかのぼらせて、レバンネンがテハヌーに対して同行を頼みに行くところ確認している。その部分が翻訳では、「前夜、顧問団および敬語の武官たちと会議をもったレバンネンは、龍と戦って街や農地を守ることなど不可能だ。矢も役に立たなければ、盾も役には立たない」と始まっている。
 この小節が、「その晩」から始まって「前夜」となっているのが、翻訳を読んでいるとひっかかる。「その晩」の部分の原文と翻訳を掲げる。

 That night the king's swiftest shipcarried him and his party across the Bay of Havnor, running fast before the magewind Onyx raised. They came into the mouth of the onneva River, under the shoulder of Mount Onn, at the daybreak.
「その晩、王とその一行は、王の持ち船のなかでもいちばん速い船に乗り、オニキスの起こす魔法の風を背にハブナー湾を横切って、明け方には早くもオン山のふもとのオネバ川の河口に到着していた」

 そして、1・2パラグラフをおいて、「前夜」の部分は次の通り。
 Taking counsel the evening before with his advisors and the offcers of his guard, Lebannen had quickly concluded that there was no way to fight the dragons or protect the towns and fields from them: arrows were useless,shields wre useless .
「前夜、顧問団および敬語の武官たちと会議をもったレバンネンは、龍と戦って街や農地を守ることなど不可能だ。矢も役に立たなければ、盾も役には立たない。
 つまり、「That night」が「その晩」、「the evening before」が「前夜」となっているが、「the evening before」は「出発前の夕べ」とでも訳すのがよいと思う。「晩」と「前夜」ではnight とeveningの意味の違いが出てこない。時間の経過の読みが曖昧なのは、やはり読んでいてつっかえる。もし翻訳をもっていたら、みてみてください。この方が続きがよいと思う。
 ファンタジーの翻訳はむずかしいのだろうと思う。想像力の走り方は、おのおのの言語で独特なものがあるのだろうから、それは英語のスピード感と場面転換を別の言語で表現するということを越えた難しさだろうと思う。また、この章の「Palaces」が複数になっているのは、王の王宮と、王妃となる女性が住んでいる王宮の二つが含まれているからで、その関係が焦点になっているのだが、これも複数表記ができない日本語では翻訳できないニュアンスである。
 さらに、「龍」とDragonでは、呼び起こされるものが、やはり違うだろう。そもそも、ここには歴史文化というものをどう考えるかという問題が潜在している。「王」の物語というものが、日本の歴史文化とヨーロッパの歴史文化の中ではまったく位置が違う。ファンタジーを読んでいると、これはどういうことなのだろうと考えることが多い。
 以下、『平安王朝』の末尾近くに書いたことを引用しておく。

 後白河は日本の政治と文化のあり方に大きな影響を残し、そのような後白河について、「偉大なる暗闇」という評価が行われるのは理由がないことではない。王たるべきものの「暗闇化」の問題は、グリム童話はいうまでもなく、たとえばシェークスピアのマクベスや、トールキンの『指輪物語』、ル・グウィンの『ゲド戦記』などの王権をめぐる文学やファンタジーの中心問題であった。この物語を語ることも、なんらかの意味で歴史文化にたずさわるものが無視してはならない仕事であろう。しかし、ここでは、この後白河を原点とする一一八〇年代内乱に集約される時代が、日本の歴史において初めての大規模な戦争の時代の開始を告げたことのみを確認しておきたい。ここで人々は、日本の歴史上、ほぼ初めて「巨大なる暗闇」、戦禍と人間の大量死に直面したのである。しかも、この時代は、大火・竜巻・飢饉・地震などの連続する災害によって特徴づけられている。
 当時、それらすべての原因に「崇徳の怨霊」という魔術的・神話的な「暗闇」の世界が当然のごとくに語られたことはいうまでもない。しかし、私は、この内乱の時代の経験を基礎として、親鸞を初めとするいわゆる新仏教のみでなく、中世の宗教と思想の全体の中に、人間の平等という観念が生まれたことに希望をもちたいと思う。それほどまでに、この内乱の時代は、中世人の世界観・文化・思想にほぼ決定的といえる影響を与えたのである。もちろん人間の平等とはいっても、それは、実際上、運命と自然の猛威を前にした人間の「無常」という諦観を内実としていたのではあるが、しかし、その意味はやはり大きいと思う。それは、たとえば「行く川の流れはたえずして」というフレーズに始まる、私たちに親しい『方丈記』の中にも現れている。

地のうごき、家のやぶるゝおと、いかづちにことならず、家の内におれば、忽にひしげなんとす、はしりいづれば、地われさく、はねなければ、そらをもとぶべからず、龍ならばや雲にも登らむ

 これは『方丈記』が、治承年間の地震について述べた一節であるが、人々は、こういう経験の中で、平安時代の全体が何であったかについて、そしてそもそも歴史とはどういうものかについて、ある感想をもつことが可能になったのである。

 日本で、歴史に基礎をおいたファンタジーが(少なくとも現在は)不可能なのは、どういうことなのだろうか。後白河はとてもファンタジーにならない。こうして、ついつい歴史家という職業に話が戻ってしまうことになるので、そういうことを考えずに楽しんで読むためには、英語で読んだ方がいいということになっていく。そもそも、翻訳を読んであって、だいたい筋を覚えていれば、英語の小説を読み飛ばすのは気持ちがよいのである。

 年末の楽しみにルグィンの『ヴォイス(西のはての年代記2)』を読み始めている。以前『ギフト(西のはての年代記1)』を読んで、これは変わった雰囲気のファンタジーだと思ったが、続刊が出ているのを知らなかった。翻訳の文章のせいもあるのだろうか、物語の抽象度が高くなっていて、引き込まれる。
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