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2011年1月19日 (水)

タランチェフスキ氏(続き)

 「彼は時々、私に対して怒りの感情をあらわにしたことがある。彼のいうのは、史料編纂所のスタッフは、日常的な編纂の仕事につけくわえて、様々な情報学・データベース関係のプロジェクトの計画と実施のために過負荷になっている。欧米の研究者は、それらから大きな便宜をえているのも関わらず、日本の研究仲間に対して、実務的な何らかの貢献によってお返しをするという必要にまったく鈍感なようにみえる。ギヴ・アンド・テークの原則が、相当長い間、バランスを失することになっている。」

 1回前の記事の英文の最後の方に、上のようにでてくる彼は、私のこと。

 私は短気なところがあるので仕方ないかもしれないが、「怒り」というのは言い過ぎで、タランチェフスキ氏に訴えたというのが、正確なところである。歴史学の国際交流というのは、やはり片方から持ち出しでは、Self-Determinateの仁義に反する結果をよぶと思う。労力のレヴェルでの協力というのが歴史学者にはふさわしいし、ネットワーク上での、あるいは電子データ作成の上での協力というものがあって然るべきだと思うというだけ。実際には難しいことが多いが、善意と常識と意志があれば、それが可能になっていることが素晴らしいと感じる。

 これは見聞の限りでは、自然科学の基礎研究では当然のこと。一方が一方に情報を伝えるだけというようなことはありえない。国籍がどうあろうと、研究者としてはまったくEVENというのが常識。歴史学研究というのもEVENになっている側面が目立つようになった。

 編纂というのも、歴史の研究にとっての基礎研究、いわば自然系でいう基礎研究=実験と同じ位置があるので、一緒にやる方法を考えないとならないのではないかというのが、彼と話す時の口癖であっただけである。しかし、親しさにまかせてのUtter his angerであったので、彼がそんなに気にしてくれているとは思っておらず、実際に協力の方向を考えるということは、本当にありがたいことであった。

 職場のPCがリプレースになって、ブログへの記入(コピーアンドペースト)がうまくいかず、二回の記事となる。

 昨日から、インストールやメールの復旧で仕事にならず。自分のPCもうまく扱えないという重大コンプレクスが、しばらく続く生活となりそうである。人に世話になるばかりで本当に申し訳なし。

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