峰岸純夫さんの仕事に何度目かの挑戦
自転車に乗る余裕がないまま、運動不足もあるのだろう。冬にかならず一度はやる疾病で、今日・明日は休ませていただく。週末の重要労働のために大事もとらねばならない。
一仕事を終えると、いつも考えるのだが、そろそろ「論文集」というものを出さねばならないとは思う。
私が指導をうけた戸田芳実氏は、かって、晩年、「自己の学説をまとめ体系化する作業はやらない。自分にとって重要かつ示唆的だと思われる論点を自由に追求するだけにする」とおっしゃっていた。戸田さんを理想としてきた私も、そういいたいところではある。しかし、戸田さんとはちがって、私には、少なくとも現在のところ、「自己の学説」というものがないので、そういう格好のよいことはいえない。
もちろん、これだけ『個人論文集』というものが重視されるのは、日本の歴史学界独特の現象で、いわゆる論文は学界内流通であるから、読めればよい。総集、個人全集のようなものを出すことはあまりやらないというのが、諸外国の風習であるという。実に格好のよいドイツの日本史研究者にいわれたことがある。ユーラシアの反対側の端っこの人は変わってるという訳だ。
私も、一時、そういう考え方で論文集はださない(だせない)という決意を固めたことがある。歴史学でも、自然科学と同様に、雑誌論文は、おそかれ早かれ、デジタルデータで公開され、学界がそれを管理するということになるだろうと思う。史料のデータベース、知識ベースが充実してくることは、さまざまな困難はあっても、必然であると考えるので、それは論文のデジタル化にも結びついていくだろう。将来は、論文を書いたら、その論文で論証したこと、つけ加えられた史料知識、実証などを、知識ベースに追加していくルートができるにちがいないと思う。
この情報化時代、その方が研究史の進み方は加速化されるし、人々にとって、社会にとって本当に必要な研究が系統的に進められるようになるにちがいないと思う。とはいっても、現在のような大学予算、学術予算の貧困と削減の状況では、なかなかそういう夢はみれないということは、そうだろうと思う。
などなど、以上が、こういうことを考えた時の、私の「自動思考」である。「自動思考」とは、思考の癖のようなもので、それを何度も繰り返していると、嗜癖症に近くなり、イライラし始めるということである。「自動思考」をなくすには、その根拠になっている状況そのものをなくせばよいというのが、基本ではある。
そこで、やはり論文集を作ろう、論文で書いてきたことを確認し、修正し、まとめておきたいということになる。私とて、論文の数がないという訳ではないのだが、先日、WEBPAGEにあげておいた論文リストをみれば、自分でも実に驚くように論題さまざま。このままでは、私の論文集などは、いわゆる「カマドの灰まで集めて」ということになりかねない。そういうことは、「こわい」のでできない。
机の前には書くべき本のリストが掲げられており、そのうち、三冊が赤いマジックで囲われている。これが論文集になるかどうかは別にして、私の論題が三方に分かれているのは事実。ともかく、そのうちで、本当にやりたいのが「経済史」で、しかもさらに「農業史」なので困っている。これは論文の数が足りず、研究の目途もたっていない。石母田・永原慶二・稲垣泰彦・戸田芳実・河音能平・峰岸純夫氏などの古典学説をつめて考えた上で、尊敬するTR氏、KS氏、HH氏などの先行研究を、もう一度受けとめて、議論をしなければならない。
論題に経済史をえらんでいる院生の人がいて、しかも本当にむずかしいテーマで、心配をし、かつ自分の非力を思い知ることが多い。自身、これまでも、手探りでやってきたが、どう進めていいかわからないことが多いので勘弁である。考えてみれば、途中になっている歴史経済学の原論的研究も、仕事の前提になる。
頭の中に住みついているK氏には「頑張って」と笑われているような気がする。しかしともかくも、峰岸純夫さんの仕事の見直しから、進まねばならない。この間に出された四冊の本のうち、『中世社会の一揆と宗教』『中世東国の庄園公領と宗教』は、見事な本で、私にはとても追いつけないが、『第四冊目、『日本中世の社会構成・階級と身分』は、私にとっては原点的一冊、下人論、身分論から経済史へのまとまりを検討しなければならない。
というところまで書いて、考えてみれば、これまでいつも、峰岸さんの仕事を考えねばならないということで、さらに先に進むことを中断してきたような気がする。これは「自動思考」のレベルではなくて、「堂々巡り」か。
今度は遅れてもかくてはならじである。以上、やすみながら、横になりながらの、気持ちを固めるための頭の予行演習。
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