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2011年3月25日 (金)

地震火山15,陸奥国貞観地震の史料原文、現代語訳

 陸奥国貞観地震の史料の原文と現代語訳を下記に掲げる。このシリーズの(1)で記したが、これは原文・読み下し・現代語訳のすべて。今日は地震の研究者との小研究集会。そのために用意しているものの一部。また後に記すがいろいろな人に教示をいただいた。

 「貞観地震」といわれているものは、下記の『日本三代実録』(『国史大系』)の貞観十一年五月廿六日条に記録がある。
(イ)原文と現代語訳(史料A・B)
史料A(原文)
廿六日癸未。陸奥国地大震動、流光如昼隠映、頃之、人民叫呼、伏不能起、或屋仆圧死、或地裂埋殪、馬牛駭奔、或相昇踏、城郭倉庫、門櫓墻壁、頽落顛覆、不知其数、海口哮吼、聲似雷霆、驚濤涌潮、泝洄漲長、忽至城下、去海數十百里、浩々不弁其涯涘、原野道路、惣為滄溟、乘船不遑、登山難及、溺死者千許、資産苗稼、殆無孑遺焉、
史料読み下し。
 陸奥国の地、大いに震動す。流光、昼の如く隠映す。しばらくして人民叫呼して、伏して起きることあたわず。あるいは屋仆て圧死し、あるいは地裂けて埋殪(埋死)す。馬牛は駭奔し、あるいは互いに昇踏す。城郭・倉庫、門櫓・墻壁など頽落して顛覆すること、その数を知らず。海口は哮吼し、その聲、雷霆に似る。驚濤と涌潮と、泝洄し、漲長して、たちまちに城下にいたる。海を去ること数十百里、浩々としてその涯を弁ぜす。原野道路、すべて滄溟となる。船に乗るいとまあらず、山に登るも及びがたし。溺死するもの千ばかり、資産・苗稼、ほとんどひとつとして遺ることなし。

 次ぎに、解釈を現代語訳をもって示す。

 陸奥国の大地が大いに震動した。(夜)、流光が昼のように空を覆い照らした。その直後、人民は叫び呼び、地面に伏して起きあがることもできない。あるいは家屋がたおれて、その下で圧死する場合もあり、あるいは地面が裂けて、その土砂に埋まって死んでしまうという状況である。馬牛は、驚き走って、互いに踏みつけあう有様である。城郭や倉庫、また門櫓、垣壁などが崩れ落ち、ひっくり返ることが数知れない。海口がほえたて、その声は雷電のようであった。そして、激しい波と高潮がやってきて、川をさかのぼり、また漲り進んで、たちまち多賀城の直下まで到来した。海を離れること数十百里(数十里と百里の間)の距離まで洪水になった様子は、広々としてその果てを区別することができない。原野や道路はすべて青海原のようになってしまった。船に乗る余裕もなく、山に登る時間もなく、その中で、溺死するものが千余人にも及んだ。資産や田畠の作物は、ひとつとして遺ることなく全滅してしまった。

 以上、杉山巌(東京大学大学院)、江静(浙江工商大学)、小島浩之(東京大学経済学部)、高橋昌明(日本史研究会)の諸氏の教示をえているが、文責は保立にある。

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