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2011年4月29日 (金)

石弘之氏の本『火山噴火・動物虐殺・人口爆発』(洋泉社新書)

 いま10時、帰宅途中、東京駅。職場をでる前に、このごろ一日に一度はみる防災科学技術研究所の高感度地震観測網をみた。地図上の余震の分布が濃密でものすごい。しかし、福島県から宮城県にかけての沖合の陸よりに、ここ30日をとると余震の空白地帯があるのはどういうことなのだろう。しかも今日は、そこにぽつぽつと余震が起きている。原発のすぐそばで気がかりである。プレートやリソスフェアという言葉を、これだけ実感することがあるとは考えていなかった。
 科研の書類の処理など、連休前の処理すべきことをともかくも終えて、ほっとしている。

 研究意識の面で気がかりなのは、先週に読んだ石弘之氏の本『火山噴火・動物虐殺・人口爆発』(洋泉社新書)のこと。研究意識というのは変な言葉かもしれないが、日常意識や仕事や社会意識とは別のところで、いつも視線を下げるとそこにあるのがわかる意識領域。そこのところにこの本のことが引っかかっている。

 逐次的なメモはとっていないが、章別編成だけを紹介すると、(1)「人類史を環境史の視点から見ると」、(2)「ヨーロッパ世界の膨張と環境破壊」、(3)「人類に搾りとられた森林資源」、(4)「大地を収奪する農業と人口爆発」、(5)「水産資源を枯渇させる乱獲の歴史」、(6)「人類の地球拡散史と大型動物の絶滅」、(7)「人類の定住化と感染症の拡大」、(8)「地球環境を激変させる火山噴火」という構成。
 「日本史」の研究者として、一番ショックだった内容は、この本のもっている世界史の観点であるが、それとの関係でまず問題になるのは、ヨーロッパの研究状況とのギャップである。この本はヨーロッパの環境史研究の高い水準に依拠している。

 ヨーロッパでは環境史の研究が活発で、環境史学界が歴史学の中でも大きな組織になっており、いわゆる文理融合のシステムが豊かに構築されている。これはヨーロッパの豊かさそのものである。
 私はヨーロッパ歴史学にはあまりコンプレクスはない方である。あまりヨーロッパ歴史学と交流しても得るものは少ないと思っていて、そう広言もしてきた。国際交流の意味を否定するわけではないが、もっとも必要なのはアジアの諸隣国との共同的な研究だというのが持論であった。ヨーロッパ歴史学の伝統は立派なものだと思うけれども、ギャップといえるようなレヴェルの違いがあるわけではないと考えてきた。
 もちろん、情報学的なツールの利用はシステムは圧倒的にヨーロッパ歴史学の方が伝統も長く、条件がよい。そもそも歴史史料の扱いの基礎をなすアーカイヴズのレヴェルがまったく違う。これは(少なくとも現状では)ヨーロッパ社会が歴史を重視する社会であり、社会の過去に知識のレヴェルでむきあおうとしているということを意味する。日本のような過去忘却をよしとうる社会ではないということに関係している。
 しかし、ぎゃくにそれだからこそというべきか、研究内容と方向、そして方法という点では、日本の歴史学が大きく水をあけられている訳ではないと考えてきた。こういうのはどうしてもナショナリスティックな競争意識がでてくる。私たちも、努力はしている訳だから当然である。また、ともかくもいまやっていることを続け、時間を確保して蓄積していけば、どうにかなるという保守的な考え方というのもあると思う。ともかく多忙ということもあって、いまやっていることに不満だと保守的な気持ちをもつのは正常なことだ。しかし、それを正常とのみいってはいられない。日本のそれは、多忙な社会にうまれるナショナリズムと保守主義ということになっているのではないだろうか。

 話がずれたが、ともかく、内省してみると、環境史という点では、ヨーロッパ歴史学が圧倒的にレヴェルが高いということはよく知っていたはずだ。それを忘れていたい。日常の研究意識の中では、そういうことは忘れるようにしていたいということがなかったとはいえない。指をくわえていてもしょうがない。つめて考えても詮無いことであり、ギャップを忘れるようにしていたということかもしれない。しかし、それを起点にして物事を考えるということがもっとあってもよかったのではないか。『火山噴火・動物虐殺・人口爆発』を読んでショックだったのはそういうことである。
 とくに重大なのは、この石さんの本が一つの世界史像を打ち出していることである。「環境史」「森林」「大地を収奪する農業」「人口爆発」「水産資源の枯渇」「人類の地球拡散」「大型動物の絶滅」「感染症の拡大」「火山噴火」という事柄にそって世界史の昔から現在までのデータが縦横無尽に語られる。もちろん、データの相当部分はヨーロッパ発のものが多く、ユーラシアの東と南のデータは少ないといわざるをえないとは思う。
 しかし、そもそも、その根拠となっているのが自然科学的な研究と推論であるから、データに様々な精粗はあったとしても、事柄が本質的にグローバルな問題として展開していることがよくわかる。それがこの本の強みで、自然科学というのは徹底的にグローバルなものであることを実感する。歴史家が世界史を考えようと言う場合には、どうしても異なる諸国の諸言語で書かれた歴史叙述を受けとめて、その知識とイメージの中から、「世界史」を組み立てるという形をとる。それに対して、自然科学的な分析は、ある意味で最初からグローバルだから、そのグローバルな空間的関連、時間的関連自身が叙述の世界史性を強制するようにみえる。
 そして、衝撃的なのは、環境との関係で社会がクライシスにおちいる様相、それを乗り越えるか消滅するかという危機が、これらの作業によって浮かび上がることだ。そのような動的な分析は何よりも歴史学の叙述において期待されてきたはずのものであるのにも関わらずである。
 またもう一つ逸することができないのは、この本のもっているいわば「反ヨーロッパ」歴史主義とでもいうべき色彩だ。これは重要なものだと思う。ヨーロッパに対する歴史的批判を展開することはけっして反文明主義とイコールではなく、アジア主義とイコールではない。これは必要なことだと思う。私などの世代だとヨーロッパ教養主義の影響は深いが、それを乗り越えるために歴史学のやるべきことは多いと思う。
 環境史という視点から、こういう世界史像が打ち出されるというのは、(少なくとも我々の世代の建前としては)「世界史的視野」をつねに強調してきた歴史学にとってはショックな話である。それも、学者の力ない「見果てぬ夢」ではなく、現代世界が直面している困難と未来展望にかかわって、しかも生物全体の運命に関わって問題が提出されている。
 
 私は、一時期の歴史学の全域をおおった社会史にコミットする形で研究を進めたことがある。日本の社会史研究は、研究動向としては孤立したままに解消していったが、それとくらべて、ヨーロッパ社会史の強さは、環境史を継続的に追求してきたことだと思う。たとえば、ル・ロア・ラデュリの『新しい歴史ー歴史人類学』の訳本(旧版)がでたのは、日本の学界でも「社会史」という言葉が珍しかったころのことで、そのとき、それがアルプスの氷河の歴史記録と自然科学分析、そして葡萄酒の生産量や価格の大規模な蒐集とコンピュータ分析を含んでいることを知ってショックだった。また『歴史における自然』(シリーズ世界史への問い、岩波書店)の安本稔「17ー18世紀ヨーロッパの人口変動」、森本芳樹「ヨーロッパ中世における自然の領有」(1989)などをよむとヨーロッパの環境史の仕事の充実には目を奪われる。
 社会史の一つの方向は、「社会史から歴史知識学へ」というWEBPAGEにも載せてある文章でも考えたが、歴史知識学という形で、人間の観念・思考・感情の現象世界を系統的につめていくことだと思う。そのためには歴史情報学の支援がどうしても必要だ。そしてそれを詰めていけば、たとえば東アジアレヴェルでの、そして諸文明間レヴェルでの知識と科学の相互影響と形成を論ずることになるはずで、そこにも世界史が登場するはずだと考えてきた。
 しかし、日本の社会史後の研究動向で、もっともネックになっていたのは、環境史、歴史環境学の分野が圧倒的に遅れていたことかもしれない。もちろん、これについてはすでに様々な提言や方向性がでており、最近になってはっきりしてきた一つ一つの営為の位置の大きさは明らかだが、自然科学との共同や情報学からの援助をふくめて考えをつめるべきことが多いことも明らかだろう。
 もちろん、私は、歴史環境学に歴史学を解消することはできないと考える。それは歴史学を歴史知識学に解消できないのと同じことである。歴史学は歴史社会の動的な展開を、歴史社会の構成の内部に踏みこんで、社会内部の矛盾の構造を鮮明に描き出すこと抜きでは学としての責任を果たせない学問分野である。そもそも人間の共同性は「無縁」な自然によって強制されることなしには存在しないというのが歴史の実態であるというのが、網野氏の無縁論の前提にある考え方であるが、それを前提としつつ、危機に直面した人間的な営為を叙述するというのが歴史学の役割であるはずである。そして、社会の危機を扱う場合にも、社会の危機の歴史的な経過とその責任の所在、「我がなきあとには洪水が来たれ」という人々の行動と、それに抗せざるをえない人々の実像を描き出すことは「人間の学」としての歴史学にとっては必須のことである。
 そのためには社会の矛盾的構成、敵対的構成に踏みこむ力をもった社会科学的な歴史理論の再構築はどうしても必要なものと思える。しかし、それを抽象論にしないためには、人類の主体的側面を解明する歴史知識学にも、客体的な環境を解明する歴史環境学の双方を視野に収めて、問題の具体的な解明の方向を探るほかないのだろう。
 昨日の電車の中で書きだしたが、いまは、休みの昼間。木もれ日の下、庭の崩れそうな椅子にすわっている。ともかく一番よい季節であるが、東北の方のことを思う。

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