BLOGOS

著書

twitter

講演・取材依頼

  • アドレスmihotateあっとまーくkk.alumni.u-tokyo.ac.jp

公開・ダウンロード可能論文

2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ

« 火山地震31志賀原発 | トップページ | 保守でレパブリカンの歴史家。 »

2011年6月 4日 (土)

スサノオの哭きいさちるか、安野さんの歌

 今日(土曜)は床屋さんへ。Kくんのお父さん。娘の保育園の父母会仲間。しばらく原稿と仕事に詰められていて、散髪の余裕はなかったので、本当にさっぱりする。これで来週の出張準備が終わり。お互い、髪が白くなった。
 差し上げてあった『かぐや姫と王権神話』がよかったといってくれる。このまえはむずかしいよということだったが最後まで読んでくれたらしい。貴族というものを『竹取物語』が嘲笑している面白さがわかった。それから、シンドバットの冒険にアスベストの服の話がでる。ギリシャの火山の話が、ユーラシアを流れて日本まで入ってきているのであろうか、などなど、面白がってくれた。
 一番おもしろかったのは「竹」の話だということ。彼の田舎は千葉なので、千葉の農村で「竹山」をもっているのは地主か金持ちであるという理由が分かったというのがもっとも実感的な話。山を歩いても、竹はそんなにない。たしかに竹は多くは意識的に植えているように思う。そうとうの価値があったものに違いないとおっしゃる。竹の植生を調べると、江戸期の農村がわかるのかもしれない。これは調べてみたい問題である。「竹縄」「竹綱」というのは鎌倉時代からあって、今のワイヤーロープのようなものだという話をする。
 それから『かぐや姫と王権神話』に載せた、日本の火山分布の図と私の簡単な説明を読んだあと、今回の地震があった。それで、地質学に興味をもってプレートということがよく分かったというのが意想外の反応だった。何も知らなかったのは、私も同じようなもの。
 ただ、これは絶対に見ておいた方がよいよといって、散髪用の椅子から立ち上がって、彼のコンピュータで、防災科学研究所のHi-net地震発生状況分布図を画面にだす。いまにも、福島第一原発に届きそうな地震の密集の状態に、彼も息を呑む。
 津波と原発の話。いろいろ聞かれる。最後にとくにあらたまって聞かれたのは、「原子力の学者たちは人並み以上に頭がよいだろうに、なぜ、あんな様子なのか。そんなにいいことがあるのか」という質問。「研究者個々人は最初はいろいろな意味があって、善意があって始めた場合もあるし、一つの仕事でもあったろうが、たしかに学問分野まるごと金で買われたということかもしれない」という。
 彼からは、さらに重ねて聞かれる。「それにしても、頭がよい人たちだから、危ないことを一番知っているだろうに、なぜ、あれで平気だったのか」と。
 そうなると、持論をいうほかない。私の持論。まずアメリカいうままの体制があって、アメリカ従属の技術を原発導入してアメリカー日本関係をガチガチに固定してしまうというのが第一。第二は、そのシステムの中で大きな利潤が確保されている。これは日本国家にとっての最大のシステム上の秘密で、この秘密の周りは確実に何重もの防護装置があった。それが意識的に振りまかれた何重もの「安全神話」。みんなが信じている、あるいはおかしいと思ってびくともゆるがないから神話なので、ーーーなどと説明する。
 「頭がいい」といっても、それは頭をうまく労働用具に利用することに成功したというだけで、頭=労働用具を使うのは人間だし、人間は弱いという話になる。お互い60を過ぎて社会のことだけいっていてもどうしようもないということは知っているが、さて、もうしばらく頑張りましょということになる。
 土曜朝から昼まで、ほかに客がないというのは心配でもある。その後、午後は図書館。個室を借りて、ある問題分野の本をすべて書棚からとってきてチェック。無限に仕事があることを確認。

 いま寝る前。しばらく貯まっていた机辺の整理。
 律令財政史の榎英一先生から「桐壺帝の政治ー『源氏物語』物語を政治史として読む」(『アリーナ』11号、中部大学)の抜き刷りをいただく。「現実の歴史より百年ほど早く、『源氏物語』の中では院政が開始された」という結語が興味深い。桐壺帝の政治は院政の様相が強いという指摘である。私も、院政を九世紀から王権の必然の方向であったと考え、摂関政治がむしろ偶然の例外的な展開と考えたいほうなので、たいへんに興味深く拝読していたが、御礼の御返事をする。
 しばらく前にいただいた安野真幸氏の「備前西大寺市公事定書」(『聖徳大学研究紀要』21号、2011年3月)にも礼状。これも鎌倉末期の地域の市庭の実状にせまったもので面白い。十分に読み込まねばならない。研究するべきこと、新たに分かっていくことはたいへんに多い。こういう仕事をじっくりと読みながら、研究の建て直しをしたい。安野さんの研究は広く、私がもっとも影響をうけているのは『下人論』。峰岸純夫さんの書評でもふれた。「秀吉政権と長崎」もいただくが、これは今はついていけない。
 何よりも驚くのは、彼の和歌。

 スサノオの 哭きいさちるか 地は震え
   海は陸地を のみ込まんとす。

 手紙をもらった時は、意識しなかったが、今、スサノオが地震神の中心であるという結論に達してから読むと、たしかにそういうことだと分かる。
 w

« 火山地震31志賀原発 | トップページ | 保守でレパブリカンの歴史家。 »

『竹取物語』」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事