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2011年6月 2日 (木)

日記から菅首相不信任案否決の話へ

 今、帰りの電車の中。
 御寺への出張が近いので、昼前、出張の書類の申請に事務におりていったが、新年度からすべて中央システムに入力することになっていて、記入する書式が以前のボックスからなくなっていた。困った様子をみて事務の人がわらっていて、こちらも笑ってしまう。
 親切に、データをもらえれば、やりましょうかといってくれるが、いくら職場で最年長の一人とはいっても、それは頭の対応力の低下を自認するようで甘えられない。自分のことは自分でというのが大学事務の原則である。情報化は大事だということもよく分かっている。
 しかし、新しい入力システムができるとそれに対応するのに時間がかかるのです。ようするに気後れである。別に人に気後れしている訳ではないが、機械あるいはシステムに気後れするのである。
 かくてはならじ。そこで構内で用をすませた後、部屋に戻ってともかく以前にもらったマニュアルを探すが、マニュアルという物は(私の場合は)探すとでてこない。整理の悪いのに自己嫌悪というなじみの感覚がそこらへんをフワフワするが、まずはシステムの中を最初からさがしてログイン画面に到達する。アカウントを確認し、PWを決め、ログインし、入力画面を開く。ここまでやって一人でできるぞという気持ちになるが、ともかく最初の画面なので小さなことに引っかかる。システムの中にマニュアルがあるのをみつけ、やっと入力を終わるが、これで30分はかかったか。頭と指の連結エネルギーが切れているのである。フーッ。
 実際にやってみれば、一度やってみればたいしたことではない。二回目は忘れてなければスムースなはずである。大学事務の原則は云々などということでもない。

 それ以外は無事に仕事。朝、会議前に御寺に電話して、久しぶりに和尚さまとお話して、先日の速達にそってこの間の仕事の状況を御報告し、手はずなどの御願いをすませたので、仕事をするだけの日だった。和尚さまの声がなつかしい。今週は週末も会議。来週は出張。この山を越えればよい。

 ということで、すでに帰宅しており、食事の前、「不信任案」「否決」なる国会の状況はいったい何だという話をしている。夕刊には「首相、辞任の意向」というのがトップ見出し。「震災対応メドついた段階で」というのが笑ってしまう。辞任の意向の首相が、これだけの大問題にメドをつけられると思っているのが、どうかしている。
 がんばってもらうほかないが、もう少し常識のある政治家はいないものか。といっても、自分が常識人であるという積もりはないが、原則のない政治家たちが、こうなるのは一種の必然。政治家は、結局、原則の強さと人柄がでるからこわい。

 相方の話だと、自民党・公明党・みんなの党(これも変わった名前だ)が不信任案を出し、民主党内の小沢派はほとんど否決に賛成したという。この二三日は何だったのだということで、馬鹿かというのが普通の反応。東北の方々は呆れているだろう。

 戦前社会には家族国家論というのがあった。「国家は家族のようなものだから我慢、我慢」という論理である。国家と家族は違うから、こういう論理はもちろん成り立たない。しかし、当時は、国家のイメージは家族のイメージと同様に分かりやすかったのであろう。
 現在の国家はいってみれば「非家族国家」。その意味は、家族の中ならできないような常識はずれのことをやっても平気な国家という意味である。あるいはすでに家庭も崩れているから「現代家族国家」でもよいという意見もあるかもしれない。たしかに政治家たちの姿をみていると「家族・親族」の中のおかしなオジサンという感じも強い。

 こういう国家がはじまったのはもう20年前か、中曽根某氏が「絶対に消費税は上げません。この顔が嘘をつく顔にみえますか」と大見得をきって選挙に勝ち、手のひらを返したようにではななく、手のひらを返して消費税を導入して以来のことである。政治家はうそつき、常識はずれというのがあれ以来決定的になった。「うそつきは泥棒の始まり」という人生訓の効き目が一挙になくなった。道徳を人並み以上に強調していた政党が社会倫理を壊した。この政党はなにしろ「道徳教育法案」というのをだした。たしか私が小学生のころのことである。小学校時代の恩師が怒っていた。倫理を壊し家庭を壊してきた人々、「非家族国家」であれ、「現代家族国家」であれ、そういう国家を作ってきた人々である。
 そういう人々を、それでも選出し続けていたから、こういうことになる。日本社会はつねに上からくずれるから、あるいはこれは国民の高等戦術か。

 だいたい、今回の原発の大事故の原因は使用済みの核燃料の処理方法もわからない段階で、アメリカの軍事技術からでてきた原発を日本で実験的に使わせてもらいますという態度をとって原発政策を押し通した自民党の責任が大きい。民族主義を標榜する政党が何かあるとアメリカ・アメリカ、アメリカ従属というのも、社会の普通の価値基準を徐々に壊してきた。

 それにもかかわらず、政策も展望もださず、「あんたではだめだ」というだけで国会で不信任をだすというのは、子供の喧嘩ともいえない。普通の家庭ではおきない話である。自民党の中でも原発政策に最大の責任がある政治家はよく知られているように中曽根氏である。

 菅首相は、もう少しどうにかなるものかと思っていたが、どうしようもない。民主党自身が原発政策をもっておらず、今でも原発推進という話だから、これは政策によって規定されているところもあろうが、しかし、政治家は(学者も)人の金で食っているという最低の認識もないのではないかという疑問が第一にくる。初期対応を誤ったことは確実。それでもニコニコしていられるというのが信じられない。
 政治家というのは、ようするに神経が強い強面人間であるということなのであろう。もちろん、強面もいい。馬鹿とはさみは使いようというように、そういう人間も必要である。しかし、同じ強面ならば、現在の状況の中では、強面で経済界から救援のための金を出させるのが政治家の役割だろう。日本の巨大資本は莫大な内部留保をもっている。それをはき出して「日本列島」の資本をまもるのが資本のためであろう。経団連のいっていること、ただの私利資本主義で、普通の資本主義ではない。

 そんなことも分からずに首相というのは恐れ入る。また消費税云々という議論をやっている訳だから、何ともかともというところである。

 電気がまのスウィッチを入れ損なっていたということで、食事前の時間が長くなった。別におなかがすいてブツブツいっているという訳ではないが、いま9時前。BBCは不信任案騒動を報道。菅首相が泣きそうな顔で不信任案否決に感謝の「お辞儀」しているのを、10回分くらい、クローズアップしている。彼らからみていると、よっぽど面白いのだろう。

 こういうあたりまえの怒りは日記に書いて忘れるのがよいので、「御読みぐるしい」でしょうが、以上、勘弁。

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