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2011年6月21日 (火)

『千と千尋の神隠し』ーー今日は「神道」の日。

 今日は病院。いつもの喫茶店に宮崎駿『千と千尋の神隠し』があったので読む。さいごに「ハク」という男の子は、千尋が「コハク川」という川に落ちて溺れそうになった時に、千尋を救った。この川の神で、正式には「ニギハヤヒ・コハクヌシ」というのだという名前がでてきて驚く。饒速日である。
 ニギハヤヒは生駒山地に降臨した天孫、最初、長髄彦に擁立されたことで知られる神格である。長髄彦またはその一族の「安日」(安比スキー場のアッピ)がイワレヒコ(神武)の討伐をうけて、東北に逃げて蝦夷の祖先となったというのが『曾我物語』の伝説であることは、しばらく前のエントリで述べた通り。コハクはしばしば東北地方で採取されるから、コハク川は東北の川として設定されていると思う。千尋が住んでいたのも東北ということになるだろう。あの風景は東北の夏なのかもしれない。そう考えても、今年の東北の夏が心配である。「ぱっとはぎとってしまった後の世界」。
 私は、宮崎駿のラピュタ・ナウシカをよく読んだ。とくにナウシカは、我々の世代だと最後の聖廟の描き方はスターリニズム批判であるとすぐに読み解けるもので、その点でも共感した。しかし、よく読んでいたダイアナ・ウェイン・ジョーンズの『ハウル』の脚色があんまりであったこともあり、また「モノノケ姫」以降、あまりに自分の研究対象に近いこともあって、率直にいって眉につばをつけていて、『千と千尋の神隠し』はみていなかった。けれども、入間田宣夫さんが宮崎駿が好きで、しばらく前の『東北学』(二五号、二〇一〇年秋)に「もののけ姫と歴史学」というエッセイを書いていて宮崎駿の目ざしたものが何かがわかる感じがしはじめていたところである。
 入間田さんは「アシタカがエミシ(蝦夷)の出身だったとは驚きでした」「下北半島の先端、大間崎に近接する『異国間』の海村に『アシタカ酋長』『アシタカと云蝦夷種居住し、その子孫、今にオコッペ村に住せりーーとする記録も残されていました。そこまで調べ尽くしたうえでのキャラクター設定だったとすれば、歴史のプロも顔負けの取材能力です」としているが、たしかに相当のものである。
 『千と千尋の神隠し』をはじめて読んで、これが「神祇」「神道」というもの、日本の土俗の神のイメージをすくい取る作業であることがよくわかった。ただ、私は物語としてのまとまりや思想性が不完全なように感じる。それを絵が救っているという構造があるように思う。そして、これは宮崎氏の焦慮の現れのように思うし、氏の議論の行方がいまひとつ不鮮明なのと関係していると思う。しかし、現代的な自然の破壊とヘドロの生産に対する自然の怒りと、その清浄化の幻想が土俗の神たちのイメージの下で描かれるのは自然なことであり、実際に迫力がある。千尋と親たちの関係も、トトロの娘たちと両親との関係とは違う時代に生きて行かざるをえない、今の子供たちの真理を反映していると思う。
 私は、『かぐや姫と王権神話』を書いてから、急に神道について考えることが増えた。去年、「神道・神祇」の項目で書いたが、私は大学学部(国際キリスト教大学)で大塚久雄先生の影響をうけながら歴史学の勉強を始めたので、自分でいうのも変だが、一〇分の一クリスチャンのようなところがあって、「神道」の思想のもつ宗教的な意味などということを考えるようになったのは、自分ながら大きな変化だった。それにしても、宮崎駿がアマテラスではなく、ニギハヤヒを選んだのは、意味深長である。歴史学の側でも「神道」「神祇」について負けないように追究しようという気持ちになる。
 110621_125408 自転車で花見川ルートをまわって帰ってくると、井上寛司さんから本が届いている。力作『神道の虚像と実像』(講談社現代新書)である。井上さんからは、『かぐや姫と王権神話』の神道理解について批判をいただいており、意見の違うところはたいへんに多いと思う。しかし、現代の神道研究は論理必然的に「国家神道・皇国史観」批判を内に含むものであるべきなのは、井上さんのいう通りだと思う。

 また社会と歴史を大づかみに捉えて、その中で神道を位置づけるというのは、歴史学にとってはどうしても必要な作業である。井上氏は黒田俊雄氏の指導を受けているだけに、黒田説がわかりやすい形で出ているところもあり、それを乗り越えるのはやりがいのある仕事である。 ともかくも、神道の研究は環境史・災害史にとっても一つの重要な論題である。批判をいただいたことを機縁として、井上さんの仕事を一つの基礎にし、さらに研究を続行したいと思う。
 それにしても「ハク」には驚いた。

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