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2011年7月15日 (金)

火山地震35スクナヒコナは硫黄神、小路田泰直『邪馬台国と鉄の道』の発見

 最近、近代史家の小路田泰直は、大穴持命と対になる少彦名命の「ス」を、「酸」(ス)であり、硫黄の神であるとした。それをふくむ小路田氏の本『邪馬台国と鉄』(洋泉社新書y)は、私にはたいへんに面白い。「古代史」のアカデミズムからは無視されるであろうが、一読する価値がある本だと思う。この本の中心的な論点である魏使のとった邪馬台国へのルートを丹後ルートするのは十分に学説として成立すると思う。それだけでも読む価値がある。
 もちろん、私も「古代史」の史料は読むので、小路田さんのいうことに違和感がないかといえば嘘になる。しかし、ある考古学の研究者と彼の噂をしていた時、その人の感想は「頭のいい人だ」ということであったが、たしかに論理の運びをおっていると、頭のよい人だと思う。そして実際に勝れた発想が上の邪馬台国ルート論以外にも多いと思う。いろいろなところへ身軽に車で行き、その現場で考える。「方法は旅である」という小路田氏の宣言はうらやましいし、読んでいて気持ちがいい。
 その中でも、私が教えられたのは、冒頭にふれたスクナヒコナを硫黄の神であるとする議論である。これによってスクナヒコナを対となるオオアナムチ=大穴持命=大国主命と同様に、火山の神と考えることが可能になる。
 「古代史」の研究者からは、こういう発想はでてこない。それも氏の旅好きからきていて、東北にいった時に、出羽蔵王の酢川温泉神社にも少彦名命が祭られている。東北地方に多い「酢」「酸」のつく温泉や地名の「酢」「酸」はすべて「ス」と読むが、酸川温泉の湯が酸っぱかった。これは硫黄のためだ。そしてこの酸川温泉はいうまでもなく、全国の硫黄泉のあるところ、紀伊白浜温泉、伊予道後温泉、摂津有馬温泉には少彦名命が祭られている。そして、硫黄は皮膚病その他に薬効があり、薬問屋の町として栄えた大坂道修町の鎮守が少彦名神社であるのもそのためであるという。
 私は結論からいって、スクナヒコナは硫黄の神だという、小路田氏の意見に賛成である。いままで、そういう学説がどこかで一言でもいわれているかどうかが問題だが、知る限りでは小路田さんの意見がはじめてだと思う。しばしば学者は、重要な発想や言及を「思いつき」を書いただけの文章だとして無視する。しかし重要な発想の場合は、尊重するべきだと思うし、それが研究の柔軟性を保証するのだと思う。もし、この学説が一つの学説として存在することになれば、小路田さんの仕事の意味が大きいのは当然である。もちろん、将来、(賛成した私の意見をふくめて)否定される可能性はあるが、ともかくひとつの「説」としては成立しうるのではないかと思う。
 ただ、「スクナ」の語源として「酢粉」(スコナ)をいうのは、私には疑問がある。これは小路田さんの語源論の方法がやや「素人」的ではないかということで、これはまずいのではないかということでもある。もちろん、「専門家の手法にとらわれず、素人的に」(あとがき)というのはありうると思う。「近代史家」が「古代史」の「専門家」に対して「素人」を称して別の意見を提起するのは許されると思う。しかし、歴史史料の分析が他の学問分野にも関わる場合、他の学問分野(たとえば言語学)に対しての向き合い方は、やはり慎重にするべきなのではないかと思う。他の分野の学問から奈良女子大学教授が歴史の「専門家」として扱われるのは当然なのだから、そこでは「素人」ということはできない。
 もちろん、語源論の方法というものが日本言語学でそう明瞭に展開されている訳でもないように思うし、また以下に述べることも十分に根拠がある訳でもないので、申し訳ない言い方ではあるが、しかし、この語源論に本書を読んでのもっとも強い違和感があることも事実である。
 それでは、別案をどう考えるかであるが、最初は、前のエントリでいった「クナ」から考える方向が一つあるのではないかと考えた。「ス」の取れる「クナ」、スクナ、聖なる土地、占有した土地ということになる。「ナ」は「土」という意味の「ナ」に違いないということになる。柳田国男は会津八一からきいた話しとして「妙高山の谷には硫黄の多く産するところがあるが、天狗の所有なりとして近ごろまでも取りに行くものはなかった」(『定本柳田国男集』(4)158、筑摩書房)という話しを紹介している。こういう硫黄がとれる場所のことを「スクナ」といったということになるのかもしれない。しかし、ただ、若干、これは語法としては、コジツケという感じがしないではなく、言語論的には傍証や類例に欠けると思う。
 むしろ考えたのは、「すくも」との関係で考えることである。「スクモ」にはいろいろな意味があるが、もっとも重要なのは泥炭という意味である。泥炭と硫黄は、意味上も、火性のものとして通ずるのではないか。「スクナ」と「スクモ」というのは音韻からいって通ずる可能性も高い。
 これについては柳田「燃ゆる土」(著作集30,383頁)が重要で、スクモを泥炭のこととして、さまざまな異称の説明もしている。そのうちで特に重要なのは、『四隣譚藪』(一)なる本に「土くれにて燃ゆるもの也。水田に地しぶ浮きたるところに出る。春に至りて蘆のきざしをふくめるや、焼き捨つるに火消えず、硫黄の気多し」とあるということである。硫黄の気が多いというのが印象深い。
 残念ながら、硫黄の気が多い泥炭というものが具体的にどういうものなのかは、私にはわからないが、『日本国語大辞典』がスクモの語義の一つを「泥炭(でいたん)をいう語」と説明していて、*多識編〔1631〕一「石炭 今案伊志乃阿良須美 又云毛乃加幾須美 近江国栗本郡掘地取土加炭燃之代薪 曰須久毛(スクモ)」、*大和本草〔1709〕三「すくも〈和品〉近江国野州郡老曾村は〈略〉其辺の地をほればすくもと云物多くいづ。土にあらず、石にあらず、木にあらず。柴の葉のくさりかたまりたるが如し。火にてたけば能もゆる。里人これをほりて薪とし、是をうりて利とす」、*随筆・松屋筆記〔1818~45頃〕八六・一七「薪土(たきぎつち)すくも 簷曝雑記四巻〈十九丁ウ〉河底古木灰条に〈略〉亦掘之至五六尺許輙得泥如石炭者然不可食以作薪火乃終日不熄其質非土非石」などの用例を上げているのも追加しておきたい。また「スクモイシ」という言葉は「石炭(せきたん)の異称」という説明で、*和英語林集成(初版)〔1867〕には「Szkumoishi スクモイシ 石炭」とあるという。
 ようするに、「スクモ」というのは、硫黄気、金気などの燃えやすい物質のある「毛」のようなものという意味なのであろう。「すくも」については、実はもっと考えなければならないことは、右の柳田の文章を読めば明らかで、それについてもそのうち考えてみたい(これは煙の関係で出てくるスクモというものは堆肥肥料・野焼き・畑焼きなどの農法に関係するかもしれないという話)。ただ、柳田の索引を引いていて(まだ全部引いた訳ではないが)、驚いたのは、著作集26巻の544頁にある、次の折口の連歌の上句であった。

  手のひらにすくもはたけば光る也

 これは大国主命=大穴持命が少彦名命にあった時、少彦名命を「取置掌中に取りおいて翫そんだ時に、則はち跳ねて其頬を囓る」(『日本書紀』巻一第八段一書第六)という話しを彷彿させる。柳田国男は、この連歌上句に解説をつけて「すくも」について解説しているが、折口はあるいは、この連歌をスクナヒコの関係で詠んだのであろうか。折口の方を点検しないとならない。
 さて、タカミムスビが「天地鎔造」といわれるのは、タカミムスビが天地創造神であることを意味しているが、この「鎔造」は、タカミムスビが鉱業、金属産業の神であることを意味している。そして、タカミムスビの子供といわれ、忌部氏の祖神である「天一箇目命」が鉱業神であるのは、柳田国男のいう通りである。やはりタカミムスビの子ともされる少彦名命が硫黄神であるというのは、この点からも話しがあうように思う。
 

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