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2011年9月12日 (月)

内部被曝、核時代と世界史(3)

 先日、やっと肥田俊太郎・鎌仲ひとみ氏の『内部被曝の脅威』を読み終わる。前回のエントリーで「内部被爆」と書いたが、被曝でなければならない。この本を最後まで読んで前回のワープロミスに気がついた。この本では「被爆」「被曝」「被ばく」が使い分けられている。ヒバクは被爆でもあり、被曝でもあるというのは、「ヒバクシャ」という言葉が国際的な反核運動で広まったことと深く関係している事柄だが、うかつなことに、これを文字レヴェルではじめて認識したことになる。
 今、京都の御寺に出張のため、新幹線の中。静岡を通過。大事な自由時間だが、調子がでない。少し寝てから、PCの中にある世界史についてのメモを集めることにする。
 さっきは静岡。いま名古屋。少し寝た。

 さて、いわゆる「戦後歴史学」の世界史の方法論でもっとも問題であったのは、前述のような大波が寄せては返すような世界史の波動と、個別社会の社会構造の変化を区別した上で立論することに、十分自覚的でなかったことである。
 世界史の波動の深部、波のそこにあるうねりのようなものが、根本的には物質代謝の形態の深化それ自体にあることは前述の通り。そもそも、世界史上のどのような社会であっても、その物質代謝の諸条件は、個別の社会自身のみによって規定されているものではなく、まずは人類史の悠久の流れの中で、所与のものとしてあたえられているのである。
 主体的な自然と客体的な自然の物質代謝の深化それ自身の波動が世界史の全体的な環境を構成する。人類史におけるこの地球大の物質代謝の長期的波動を基礎的な内容とする世界史の過程を、どのように分析し、全体像を描くかは現代世界が突きあたっている諸問題を予見する上で、大きな意味をもっている。
 それはいわば大気圏の気候のようなものであって、それはエーテルのようにして、個別社会の社会構造に影響する。もちろん逆に、個別社会が作り出す構造によって物質代謝の形態も変化していく。それは大気圏の運動が、大地に対して働きかけ、山脈をきわだたせ、河川を作りだし、平野を堆積し、海岸線までも変化させていくが、しかし、それによって大気の運動が逆規定されていくのと同じようなことである。
 研究の過程では、個別社会の社会構造は物質代謝の世界史的な諸段階・諸形態とは区別して分析されなければならない。この二つは、同じように人類社会の運動ではあるが、社会的運動の階層あるいはレヴェルが違う。それは物質の生物学的・生態学的・地質学的さらに惑星的運動の階層あるいはレヴェルが違うのと同じようなことである。
 もちろん、個別社会レヴェルでの分析が歴史学にとってはまず優先的な分析事項となる。世界史は、世界各地域とそこに適応した人類の諸集団ごとの社会史を基礎的なレヴェルにしている以上、このような分析を先行させる必要があるのは当然である。これがいわゆる社会構成史にあたることはいうまでもない。「戦後歴史学」が主張したように、それなしには世界史レヴェルの分析と総合はそもそも無理な作業である。
 しかし、同時に、個別社会の分析は、その段階の世界史に特徴的な物質代謝のあり方を視野に入れ、それを背景として社会を透視することなくしては不可能である。その場合、現代では、世界史は、そのままグローバルなものとして存在している。そこでは、個別社会の中にエーテルのように染みこんでいる世界史は基本的には、世界大のものとして透視されなければならない。たとえば、個別社会分析の向こう側に直接に国際的な恐慌の分析をみなければならないのである。
 これに対して前近代社会の分析においては、これもまた戦後歴史学の学史が示しているように、まず透視されるのは、諸民族・諸国家をふくむ広域的な世界、文化圏である。これが、個別社会の社会構成史的な分析と世界史を媒介する位置にあるべきことは明らかである。
 そして日本列島の歴史を考える場合に、もっと重要なのが東アジアである。そして、そこで決定的なのは、中国大陸の巨大な広さ、そして「量」と統一性の影響であろう。いうまでもないことながら、中国大陸は、地理条件からすると、狩猟・牧畜・農耕など自然的差異も大きいが、中央にだだっぴろい平野が広がり、広域的な統一がつねに促進される構造となっている。ここでは差異の大きささえも統一の要素となる。これは比較的に自然条件が同一で、しかも地理的な分極性が大きいヨーロッパとは大きく相違している。
 この中国大陸の地理的・自然的な「量」の膨大さは、中国のいわば頭でっかちは統一性と国家の重さという特徴を規定することになる。それは歴史的には、春秋・戦国が都市国家から出発し、中国の統一国家が、その合従連衡の中で、都市間の経済・軍事関係を中心に構成されたことを出発点としている。
 そして、そのような合従連衡、統一国家の形成も中国大陸の地政学的な位置に規定されていたということができる。つまり、中国大陸が、ユーラシアの東端に位置するいわばどん詰まりに位置したことも大きい。どん詰まり帝国である。それは地中海東辺からインド亜大陸北部のユーラシア回廊地帯に興亡した諸国家とは、地政学的な条件をまったく異にしていた。中近東のユーラシア回廊地帯と中国平野の間がヒマラヤ山脈とゴビ砂漠によって隔てられていたことの意味はきわめて大きい。このような対外関係のルートの相対的な単一性が、中国平野の統一性のきわめて大きな条件となったことは疑いない。
 とくに問題であったのは、いうまでもなく、この大陸の北辺には、つねに、ユーラシア北辺を広く活動範囲とする遊牧騎馬民族が活動していたことである。これはいわば新石器時代以来のユーラシアにおける諸民族の歴史的配置である。そして、中国平野における都市間連合と統一国家の形成は、それへの対抗の必要上、一つの必然であったのである。
 元・清のように、北辺の遊牧民族が中原を制覇した場合でも、彼らは統一権力を構成した以上、つねに北辺に対する防御という軍事的賦課をかけられることになるのである。また、代表的な統一国家として強大な力を発揮した隋・唐帝国も、そもそもその王族の血筋をたずねれば、北方民族の血統となることは何度も強調されていいことである。
 こうして、ここではヨーロッパのように、各地域ごとでのエスニックなまとまりが傾向として分権的な構成をとるという条件はなかった。
 私は、このような中国平野国家の頭でっかちな構造こそが、中国をふくめた東アジアの諸国の、社会構成上の特徴の大きな条件となっていると考えている。一般に、そこでは、領主権は徐々に国家に集中していくのである。ここでは国家地主説が成立しうるのであって、巨大にふくれあがった都市(およびその連合)を実態とする国家機構の集団的な支配が、社会の基礎組織にまで貫徹することになる。そして、社会の基礎構造においては、それを前提とした地主制、国家に直接し、しかし国家の領有構造の下におおわれた地主支配が優越することになる。
 私は、日本においても、そのような東アジアの社会構成の影響は大きく、少なくとも江戸期国家は、そのようなものとして構成されていると考えている。

 さて、次の問題は、社会構成体の理解そのものである。が、これについては、私は、社会構成の種類は、いわば無数であると考えている。しかし、これについては、すでに若干のことを『歴史学をみつめなおすーー封建制範疇の放棄』などで述べているので、ここでは省略することとする。
 しかし、最後に、以上にみてきたような議論からすると、「核時代」がどうみえてくるかということを若干述べておきたい。
 すでに述べたように、世界史の波動の実態をなす物質代謝の典型的形態の転形という点から見た場合、それは量子力学的なレヴェルにおける自然の階層にまで、人間の所有の力が及んだということであると思う。
 すでにこの地上には、「無所有」というべき空間領域が消失しつつあることは、すでに網野さんの無縁論の検討の中で論じたことであるが、しかし、この質的な領域、あるいは下階層の物質の領域には、まだまだ無所有の領域が広がっている。そして、「核時代」の開始とは、文字通り、この原子核の世界への人間の所有の力が及ぶ時代、しかも、そのバックラッシュによって、通常の社会=人間領域が重大な変化をうける時代の開始ということである。
 そして、この領域が、網野さんのいう無縁の領域・境界的領域と同様に、一方で無法の領域であり、他方で、自由の領域であるということになる。その典型がコンピュータネットワークにおける無法・退廃と自由の二律背反であることはいうまでもない。しかも、この領域は、日常意識にはみえない領域である。そして、「核時代」とは、この領域を人類が熟視して、そこでの重大な間違いをしないように、生きて行かねばならない時代の開始ということを意味しているのである。
 さて、先週、京都行きの新幹線の中で書き始めたこのエントリも、いま日曜。やっと終わり。そういえば、帰りの新幹線は、今日のS書店の原稿を書いていた。
 その会議が終わり、いま帰りの総武線の中。そろそろ終点である。
 

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