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2011年12月18日 (日)

地震噴火53『方丈記』とその時代

 以前、阪神大震災ののちに、神戸の資料ネットワークで講演をした。四苦八苦して「神戸と方丈記の時代」というテーマを用意した。 あの時が、初めて地震について考えた経験。日本文学のAさんから来年五月に、朝日カルチャーで『方丈記』の話をしてほしいという御断りできない話があって思い出した。

 その時の講演をウェッブページに載せた。『神戸と方丈記の時代』。今読むと不十分なところが多い。ただ、あの時の会場の雰囲気はよく覚えている。自然災害、地震への損害補償は、かならず実現する要求だと考えると講演の最後で発言したが、そして小田実氏の仕事を、その後からまた読むことが多くなったが、しかし、今回の震災のことを考えると、ああ我なにをなせしという感じになる。

 以下は、PCの中に残っていた草稿より、方丈記の地震記事。

 又おなじころかとよ。おびたゞしくおほなゐふること侍りき。そのさまよのつねならず。山はくづれて河をうづみ、海はかたぶきて陸地をひたせり。土さけて水わきいで、いはほわれて谷にまろびいる。なぎさこぐ船は波にたゞよひ、道ゆく馬はあしのたちどをまどはす。みやこのほとりには在々所々堂舎塔廟ひとつとして、またからず。或はくづれ、或はたふれぬ。ちりはひたちのぼりてさかりなる煙の如し。地のうごき、家のやぶるゝおと、いかづちにことならず。家の内におれば、忽にひしげなんとす。はしりいづれば、地われさく。はねなければ、そらをもとぶべからず、龍ならばや雲にも登らむ。おそれのなかにおそるべかりけるは只地震なりけりとこそ覚え侍しか。

 長明の筆は、この地震のもたらした恐怖を語ってあますところがない。ところで、『方丈記』は、元暦の大地震の被害を述べたあとで、「すなはちは人みなあぢきなき事をのべて、いさゝか心のにごりもうすらぐとみえしかど、月日かさなり、年へにしのちはことばにかけていひいづる人だになし」、つまり、地震の直後は世の中の無常をいいあって、心の濁りも薄らぐようであったが、しばらく後には、地震の被害を言葉に出すこともなくなっていった」と述べている。そして、長明は「すべて世の中のありにくゝ、わがみとすみかとのはかなくあだなるさま、又かくのごとし」、だから山の中に隠棲してしまおうと、筆をつなげるのである。

 もう一つ長明の文章で興味深いのは、九世紀の斉衡の地震についての言及があること。長明には平安時代が終わったという感慨があり、それを都遷りとの関係で論じている。そこからみると、九世紀を振り返るのは自然なことのように思う。

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