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2012年3月25日 (日)

地震火山59『超巨大地震に迫る』(NHK出版新書、大木聖子・纐纈一起)

Cimg0001_2   今日は、地震学の勉強。『超巨大地震に迫る』(NHK出版新書、大木聖子・纐纈一起)
 第一章「超巨大地震はどのように起きたのか」、第二章「巨大津波はどのように発生したのか」、第三章「引き起こされたさまざまな現象」、第四章「地震の科学の限界、そしてこれから」、第五章「防災ー正しく恐れる」、そして終章は「シミュレーション西日本大震災」という構成。
 東日本太平洋岸地震との関係で、地震学それ自身の基礎勉強をしようと考えて、相当前に購入したが、やっと読む時間を作った。地震学の最近の用語の説明は明解で勉強になり、知識を整理する上でありがたかった。第一章はアスペリティモデル、モーメントマグニチュードについての概説的な説明で分かりやすい。第二章は津波の発生構造と、その怖さの物理的な理由の説明。津波は波・波浪ではない。いわば幅広い河の激流が突然に陸地に出現することだというのは強い説得性をもっている。第三章は余震・誘発地震・スラブ内地震・アウターライズ地震、そして火山活動との関係など、これも分かりやすかった。これらは大木聖子氏執筆。それに対して第四章は纐纈一起氏執筆。この部分は、どういう意味で東日本太平洋岸地震が「想定外」であったのかということについての学説史的説明である。そして、第五章は大木氏の執筆にもどって防災教育と防災体制についての専論で、終章は、以上をふまえて、「西日本大震災」を想定しての「まとめ」になっている。
 この本を読もうと思ったのは、この一年、7・8・9世紀の地震史料の解読を行う中で、歴史地震論を中心にしてすこしづつ地震学の仕事を読んできたが、先日、茂木清夫氏の『地震ーその本性をさぐる』を読み、これを理解するには、やはり地震学の基礎勉強が必要だと考えたためである。
 本書でとくに興味深かったのは二点。第一点は、纐纈氏執筆分にある学史的な反省である。「アスペリティモデル」と「非地震性すべり」という、素人には分かりにくい部分のある理論の説明と学説状況の紹介からなっている。結局、Asperity、つまりプレートの沈み込みをゆがめる「表面の粗さ、地面のデコボコ」の物理的な実態が何なのかはまだ明瞭でないらしい。それはようするに地震発生の地域特性をモデル化するための仮説であり、それを精緻化するためには、結局のところ、アスペリティモデルの提案の元になった地震発生の地域特性の分析が必須であるということであった。そして、そのためにも、現状の分析のみでなく、「今後は過去の地震に関するデータ収集に優先順位を与えるべきではないか」という方針をだしている。これは本当に重要なことで、歴史史料の徹底的な収集・保存とあわせて本来、「国家事業」としてやらねばならないことである。
 第二点は、大木執筆分の防災教育と防災体制の部分である。あとがきとあわせて地震学者としての感じ方と責任意識が強くあらわれている章だと思う。私も1月末に小学校で「龍と地震」という授業をしたので強い関心をもった。これについては、歴史学の側からもいえることが多い。
 日本の歴史と文化の中に津波と地震が大きな位置をもっているかということは小学校の頃から伝えていいことだと思う。このブログでも述べたが、たとえば東大寺大仏が地震を鎮めることを一つの重要な目的としていたということ、祇園会が貞観津波=九世紀陸奥沖海溝地震、そして前年の播磨地震・京都群発地震の経験の中から始められたことなどは小学校・中学校の教材にしてよいことだろう。これは歴史文化自体を見なおすことにつながる。「防災」ということが文化の中に無理なく入ってくるということは、昔の人の経験を直接の避難、被害・復旧の経験のみでない広い範囲で捉え、伝えることの中で可能になるだろう。歴史と地学は、教育カリキュラムに問題が多いこともよく知られている。そのレベルからの議論も必要だと思う。

 これを支えるためには、結局、地震学と歴史学の学際的関係それ自体を密接なものとしていかなければならない。日本の地質学的な災害、地震・噴火の歴史を考えるためには、文理融合的な視野が必要である。そこで歴史学者が役割を果たすことは、学問の社会的な役割の問題として大きいと思う。これにそって必要な研究をすることが遅れたことを反省している。これは、日本の学術体制の中で文理融合をたかめていくという問題につらなっていく。地震史料の徹底的な収集・調査・保存という「国家事業」をどう実現するかという点でも決定的であろう。
 地震学の側では、3月11日を経て、その社会的役割について、どのような反省や見直しがあるのであろうか。学問の社会的役割の反省は、おうおうにして、学問相互の関係や、その学問の方法論や学史の反省とからみ合ってくるだけに、やっかいな問題であるが、地震学がその学史の深みから、どのような発言を行うかは刮目してまちたいと思う。
 私は、昨年、東大で行われた東日本太平洋岸地震・津波に関係するシンポジウムで報告したとき、福島第一原発の重大事故を前にすると、東京大学でも地震研究者と工学研究者・原子力研究者の間で、十分な議論をすることが当然の責任であると思うと発言した(「貞観津波と大地動乱の8/9世紀」)。スライドから引用しておくと、

「文理融合ーー大学がやってきたことの点検、

(1)1936年の今村の仕事以降の全体的な自己点検。(2)学術の全体性、統合性と学術の社会的責任のためにも、各分野の研究者が必要な内省をする条件としての諸学融合、文理融合。
(3)地震学・防災学・土木工学・原子力工学の統合・融合」

というもの。(このスライドはWEBページにあげる)。
 もちろん、学術の世界それ自体にとっては、ある意味で、現在の政府や東電のような存在が、国民の運命にかかわる事柄について判断し、信じられないような行動と発言をするということは、それこそ「想定外」のことである。しかし、歴代の政府のとってきた科学技術政策がきわめて問題の多いものであることは、アカデミー全体にとっては普通の認識であったはずである。原発は科学技術政策の問題であるから、科学技術政策全体について考え、再検討するのは、大学人全体の当然の責任である。

 なお、歴史家として印象的であったのは、本書でも何度も参照されている都司嘉宣氏の仕事の大きさである。たとえば永原慶二氏の『富士山宝永大爆発』は、都司嘉宣氏の『富士山の噴火』(築地書館)によって富士噴火史を描いている。同じ大学なので、歴史史料を読む力をもった地震学者として、都司氏の噂は何度も聞いたことがある。またずっと前にもお目にかかったことがあるが、最近ときどきお会いするようになった。話しをしていて、高校の一年先輩で、恩師を共通にしているということを知って驚いた。自然科学者になった友人は少ないので、そのうち同世代としての経験をいろいろ御話ししたいものだ。

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