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2012年3月15日 (木)

読書とネットワーク、リルケの『フィレンツェだより』

               20120315
 読書とネットワークということを考えると、若い人は所有するものとしての本に、魅力を感じなくなっているのだろうと思う。それは、所有というよりも、まずは本が消費の対象にもならないということかもしれない。消費はやはり一種の「虚飾」や「流行」を必要としている。現在の「流行」「虚飾」の世界の中では、自分自身の意思で、何かを買おうという場合に、本を買おうという消費意識がでてこないのはやむをえない。
 しかし、本というものは、そもそも所有しなければ話しにならない。「一冊の本、あるいは一枚の絵について、本当にはっきりした見解をもつためには、それを所有しなければならない」のである。これはリルケの『フィレンツェだより』の言い方で、リルケはそれにつづけて

「わたくしが使いなれている一冊の本は、本当に親しく自分の歴史をわたくしに語ってくれる。わたくしがその本を使用すればするほど、今度はわたくしの方がその本に自分の話を聞かせたくなり、本は聞き手に廻るのである。友だちになった本は、喜んでこの楽しい役目の交換を引きうけてくれる。そこから予見できない情況が生まれてくる。時がたつにつれて、本は実際に印刷されているものの十倍もの内容を持つようになる」

といっている。

 こういう本への対し方が大学生の中で消失しつつある。大学にいるとよくわかるが、そもそも知識人世界でも、実際上、そうなっているのだから、これはいわば必然のことである。それにもかかわらず、いわゆる「情報化社会」(あまりいい言葉ではない)にふさわしい親密な知性のあり方が生まれていないのは、おそるべきことだ。同じ『フィレンツェ日記』の言い方だと、

ああ、早く来すぎた人々の痛ましい苦悩。彼らは蝋燭に火が点けられて玩具が輝くより前に、ノエルの木の部屋に入った子供たちのようである。彼らは敷居から立ち去ろうとしながらも、この興ざめた暗闇の前に、彼らの哀れな眼がそれに馴れるまで立ちつくすのである。

 
 ということになるだろうか。情報化の圧倒的な波が形をとる前に、大きな横波にさらされている若い人たちは、本当にたいへんだと思う。彼らは小船を組み立てる前に、突風にさらわれ、薄板にすがって底知れぬ海の上を漂っている。
120315_230418

 この『フィレンツェだより』は、森有正の訳したもの。仕事の出張なので、ちくま文庫の一冊だけポケットにいれてきた。これを読むことによって『マルテ』や『ドウィノ』がリルケの立場から具体的に理解できるように思う。
子供部屋のたとえなどは『マルテ』そのものである。
 
 リルケが「所有」という言葉によって「本」を語っているのは、『ドウィノの悲歌』の「T・U・タクシス夫人の所有から」という副題の意味を明瞭に物語っている。高校生の頃に読んだ時は、この奇妙な副題の意味がわからなかった。タクシス夫人の『リルケの思い出』を読んでも、何も分からなかった。それが今頃分かるというのは、とうとう「本」を「所有」した。または所有されたということであろうか。
 小さなものの所有、しかも意識と知識と感情に直接にかかわってくる、それとして物質的な効用のないものを所有する親密な意識。リルケの『フィレンツェだより』は、19世紀末期に成立した文化的公衆というものへの批判と位置づけられるのであろうが、公衆の成立、読書の成立の中で、ぎゃくに「本の個人的な所有」、ほとんど身体的な個人的な所有という意識が鮮明になったというのが興味深い。

 私は、中井正一が好きなので、こういう問題を「委員会の論理」その他の、彼の仕事を通じて考えることになるが、中井の議論との関係では、このような「本のあり方」をどう考えるかが問題となる。以前も書いたと思うが、中井の言い方では、紀元前後以降の「経典」の誕生は、世界宗教の信仰集団の共有物として形成されたと説明することができ、それはその背後に直接に教団というネットワークをもっている。日本の宗教史でいう「聖教」というものであって、この聖教と経典の所有は寺院ないし教団の「財」であって、個人が管理するとしても、組織的な所有の対象なのである。そして、中井の言い方では、経典の共同所有に対応するものが「瞑想」であるということになる。一般に瞑想は個人的なものと考えられがちだが、実際には、瞑想のための共通する手段が与えられることで「瞑想」も可能になるというのが、中井の見解の独自なところだろ思う。「瞑想」には共同性が前提になっているというところがキーであると思う。
 中井の見解を敷衍すれば、これに対して、「近世」における中国の宋代に由来するブックの形態の一般化が、ヨーロッパでグーテンベルク革命をへて、近代社会へ向かうということになる。もちろん、ヨーロッパの職能集団、ギルドが共有のアーカイヴズをもっていたことはよく知られている。実際に、ヨーロッパのアーカイヴズは、ギルドによる組織的な文書所有からはじまっている。それは教会のアーカイヴズと共通する側面があるのだろうと思う。しかし、それらは権利にかかわる世俗文書であることが決定的に違っている。それは瞑想の手段でも対象でもない。それは、契約の文書化と技術の記述という手工業から資本主義にむかう社会的・経済的趨勢の中で蓄積される。そして専門職の中での科学技術が大量の手引き書としての本を作り出すのである。こうして知識・技術・情報の私的所有の担保としてのBooKが展開したのだと思う。すぐにそのページにたどり着くことができる「本」。瞑想・記憶・崇拝の対象ではなく、参照する対象としての「本」、小規模な外部記憶装置としての「本」である。
 リルケがいっているのは、その最終局面。19世紀における「公衆」という形での公共圏、読書というものが形成される中で起こったことなのであろう。私は、読書やリテラシーについての研究が全体としてどうなっているのかをしらない。しかし、こういう点では、私たちの世代とリルケは私たちの時代の先頭にいた先輩であって、私たちの世代がリルケの世代に属することは実感的に理解できる。
 いま「情報化」によって起きようとしていることは、こうした「経典=集団所有」というシステムから、「本=個人所有」というシステムへの転換を、ある意味で逆転させること、つまり「サーバー=集団所有」のシステムへの転換である。そこに新たな共同性を獲得することによって、「瞑想」の世界を復権する。外部脳の連携を武器として、新たな連携と連帯を構想する。それを瞑想と内省として形作ることが、必要な時代になっている。
 この場合、決定的なのは、ネットワークの向こう、コンピュータ端末のむこうでむすばれている集団への帰属意識の問題なのであろうと思う。若い人々が、その意味で、本の身体的所有からはなれ、ネットワークの向こうを注視して生きていくのは、きわめて自然なことなのであろう。その場が、その部屋がリルケのいうような、「早すぎた人々」が立ちすくむ小暗い部屋でないことを望むばかりである。そして、そこから、ときどきは戻ってきて、やはり「本」を中心とした日常世界の身体的所有の親密さを大事にしてほしいとも思うのである。
 
 いま、京都出張の帰りの新幹線の中。昨日の夜、何度も目が覚めてしまい。ぼそぼそと、リルケの永遠を語る言葉を読み、こんなことを書いていた。リルケの文章は勁い。
 しかし、それにしても、この『フィレンツェだより』の文庫の森による解説のトーンは懐かしい。私は国際キリスト教大学の卒業だが、晩年の森はしばしばICUに滞在した。カナダハウスという学寮にいた私は、早朝、眼がさめてしまうと、チャペルに行き、二階席の一番後ろの隅で、森がチャペルのパイプオルガンを弾くのを好んで聞いた。チェペルの脇口があいていて、森がやっている時は、途中からキラキラと空間に広がるようなオルガンの音が聞こえてくることを覚えている。寮には、森に気に入られた先輩もいたが、近くで見る、無精ひげを生やした憂鬱さをきわめたような森の顔と姿も、よく覚えている。
 いまの時代は、ほとんど森のものを読むというようなことはないのだろうが、なにしろ、あの時代は、私が受験した時のICUの人文科学の入試問題自身が森の『バビロンの流れのほとりにて』であったような時代である。あまり勉強をしなかった私が、浪人生活を切り上げることができた一つの理由は、その問題はよくわかったためであったように思う。
 ここまで書いてきて、我々の世代を覆っていた奇妙なつながりと、偶然の網の目の中へのとらわれを実感する。それは歴史があたえてくれた保護でもあった。現在は、それらがすべて破砕された時代である。「パット、ハギトラレタアトノ世界」。若い人々の苦闘の稔りのない暗さと、つらそうな軽さのことを思う。

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