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2012年3月20日 (火)

「瞑想社会論」と夢見がちな子供

「瞑想社会論」と夢見がちな子供
 前回のブログで、「経典=集団所有」というシステムから、「本=個人所有」というシステムへの転換を、「サーバー=集団所有」のシステムに再逆転する。そこに共同性の物質的な基礎を獲得することによって、新たな連携と連帯を構想する。それは社会の世界史的な思想意識としては、「瞑想」の世界ということになるということを述べたが、この結論自身は以前に述べたことの繰り返しである。
 月並みなことをいうようだが、私は、ここで東アジアの思想、とくに仏教の思想がもつ役割が必然的に大きくなると考えている。ともかくも、知識人として生活してきて、そのうちに時間を確保して仏教思想、とくに禅宗の勉強をしたいと考えるようになったのは、そういうことである。大拙の全集くらいは読まなければ、高校時代以来の疑問に「解」を探すことができない。三木清はたしか『人生論ノート』であったろうか、『親鸞』であったであろうかで、「私は庶民的な真宗の信徒としての死生観において死んでいく」といっているが、これは違うように思う。江戸時代に日本の文化の中で庶民的なものはむしろ禅宗である。

 私は、いまもっぱら神話論にとり組んでいるが、これは頭の中のメタ配置でいくと、三木の『構想力の論理』の神話論を前において、左に津田左右吉の仕事をおいて、両者を読み直すという作業である。私は、「古代史研究者」ではないので、津田の仕事を『日本古典の研究』しか読んでいないが、三木の神話論の晦渋さに対して、津田の合理的な透明さも、私は好きである。遠山茂樹さんが、どこかで戦争を経験したあの世代び歴史家にとって津田の仕事がもっていた意味をいっていたことがある。
 それが胸に落ちるようになったのは、実際に自分で少しのことにすぎないとはいえ、神話の研究を覗いてみてからではあるが、おそらく現在の歴史の研究者は、日本前近代史の研究者でも、津田の仕事を読んだことはない、あるいはその意味を感じたことがないという世代になっているということに気づいた。日本前近代史をとれば、これこそがいわゆる「戦後歴史学離れ」の正体であるということにようやく気づいたということである。「戦後歴史学離れ」といえば聞こえはいいが、それは歴史学の学史を忘れる、もっときつくいえば、歴史学の無教養化が進んでいるという事情にやっと気がついたということである。

 いま、土曜。総武線で職場へでるところ。まだ疲れが残っているようで、筆があっちこっちする。というよりも前に考えたこと、あるいは、このブログに書いたことを繰り返している。これこそ老化の証拠かもしれないが、とにかく、三木を真ん中において、津田の研究を前提に神話論を考え直すというのが考えていることなのである。
 そして「瞑想」ということを考えるために、三木の右側には、さらに鈴木大拙をおいて仏教と禅宗の勉強をしたいということになる。三木・津田・鈴木というような名前はいかにも古いが、「戦後歴史学」というものは「戦前」をふまえたものとして存在していた。それ故に、「戦前」の学者が忘れられている以上、「戦後」歴史学が根無し草になるのはやむをえなかった。三木も、津田も、鈴木も、現在、ほとんどの歴史の研究者からは縁遠い人たちであろうから、彼らの目ざしたものを想起するのは、学者の世代としては、我々の世代の責任に属するように感じている。

 さて、問題の「瞑想」についてだが、以前、述べたように将来社会は、新たな「瞑想社会」になる、それが世界史の流れではないかという考え方を、私はもっている。それを保障するのが、人間が、世俗的な事柄を処理するための「外部脳」=電脳ネットワークを、肉体の外側に共有物としてもつことである。「瞑想」の物質的な条件としての電脳ネットワーク。そこに共同性の物質的な基礎を獲得し、人間社会が新たな連携と連帯を持つようになるということは、より主体的にいえば「瞑想」が明瞭な社会的な位置を占めていくということではないか。
 コンピュータネットワークが一方で、後ろ暗い妄想と欲望の世界の物質化として圧倒的な影響力をもったというのが影の事実であろうが、それは人間にはありがちなことであると考えなければならない。それが示すのは、「妄想から瞑想へ」という神ならぬ人間の心のもつ動きなのではないかと思う。そしてその場合の救いは、ネットワークには後ろ暗い欲望の世界のみでなく、「夢見がち」な人々を育てていくという要素もふくまれていることである。「夢見がち」な少年・少女は、私たちの世代だと童話と漫画で養われていたが、現在では、それはネットワークによって養われている。そのような意味もふくめてネットワーク社会を肯定することが必要なのではないかと思う。
 
 将来社会論としての「瞑想社会論」については、その前提になる共同性のあり方を中心に、時間ができたら、正確に考えることにして、当面の結論は、これもたしかこのブログのどこかで以前に述べたことだが、これも月並みなことに、まずは家族と地域社会を大事にする社会ということであろうと思う。大事にされた家族と自治的な地域社会の関係が多様に組み上げられ、そこに社会的分業の専門性によって組織された諸組織が入り込んでいくという関係である。これは分業論的にいえば、結局、最終的には都市と農村の分業の止揚、あるいは精神労働と肉体労働の対立の眠りこみという問題になるはずである。
 ともかくも、こうして社会が地域的な自治と専門職組織の関係を骨格として組み上がっていき、たとえば企業の利潤のような社会外的な諸要素が放逐されるということなり、その中で、人間の再生産と家族的関係が支えられるということになれば、社会は、太古的な透明性を取り戻すことになるはずである。そこで、社会的な対立のコンプレクスが眠り込んでいけば、人間の意識は自然にむかう。あるいは自然への沈潜を媒介にした後に社会に向かう。別の言い方をすれば、瞑想の対象は内側では家族、つまり身体的な自然、そしてその属する共同体の占有する対象的な自然それ自体になる。
 こうして、我々の前には、自然の内部にある永遠が、つねに意識の前面に存在するということなる。そのときに、「類」的な存在としての人間、地球に対して類として責任をもっている存在としての人間の姿が、誰の目にもみえるようになるはずである。この「永遠」それ自体に陰がさすということがないように願う。

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