網野善彦氏の『日本中世に何が起きたか』が再刊
網野さんの『日本中世に何が起きたか』が洋泉社新書y』で再刊になる。解説を頼まれて書いた。
網野さんの仕事は、いま、原発震災を目の前にして、読み直されねばならないと思う。
本書でもそうであるように、晩年の網野は、「二一世紀の人類社会は、未経験の”壮年時代”に入ろうとしている。ここを無事に乗り切るためには、”無主・無縁の自然”を見つめることを中心に人類史をふり返るほかない」と述べて倦まなかった。
たしかに、いま日本列島の自然と社会は、これまで経験したことのない時空に入ろうとしている。二〇一二年三月一一日の東日本太平洋岸地震は、地震による福島第一原発の爆発をともなう大震災となった。この事態の本質は、同年八月、福島県二本松市のゴルフ場が東京電力に対して放射能の除染を求めた訴訟に対して、東電側が「放射性物質は、そもそも無主物であったと考える」として拒否したことに象徴されている。「無主・無縁の自然」にあいた「穴」から様々な「物」がみえる時代になったのである。
洋泉社MC新書の解説で述べたように、網野は、本書において、「無縁論」の原点から出発して、何をどう考えてきたかを情熱的に述べている。再読してみると、いま現在を歴史の深みから考えるためにこそ、網野善彦の「無縁論」はあったといっても過言ではないように感じる。
網野が第一部の「境界に生きる人々」において、「日本の社会に宗教がない」といわれることをどう考えるべきかという論点を提出していることも重大だろう。網野は、この論点を十分に展開する前に世を去り、網野が、「人間の力を超えた自然の力について、われわれが認識を深めることと、宗教の問題は深い関わりがあると思います」と述べたことの意味は、まだ解かれていない。これをふくめて人類史における人間の力を超えた自然=無縁の自然をどうとらえるかについて考えるべきことは山積している。網野の終生のテーマであった「海」にそくしていえば、すでに「海は広いな大きいな」ではすまない時代に入っているのである。網野の仕事は、この時代の省察を迫られている人々にあらためて訴えるものをもっていると思う。
二〇一二年五月一一日 保立道久
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