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2012年9月 9日 (日)

地震火山76NHKの「崩れる大地 日本列島を襲う豪雨と地震」と九世紀

 9月2日のNHKの「崩れる大地 日本列島を襲う豪雨と地震」を途中からみた。昨年9月の紀伊半島を襲った水害にともなう深層崩壊(deep-seated landslide)では、和歌山県十津川で谷間の村が対岸の山の深層崩壊によって埋没するという大被害の場が映しだされた。これは、南海トラフの沈み込みによって「流れ盤」と称する斜めの土層が形成されており、その上層部分が長い間にずれやすくなっている中で、豪雨が切っ掛けとなって大崩壊したものであるという。レーザー探査によって流れ盤の上の方に小規模な崖ができているのが危険信号かもしれないという調査過程での報告があった。この時の豪雨禍では紀伊半島各地に堰止め湖の形成にもとづく災害も多かったという報道も思い出す。
 三・一一東日本太平洋岸地震が福島県の葉の木平での緩斜面の深層崩壊をもたらしたことの説明もあった。この土層の崩壊はハロイサイトという水分をきわめてふくみやすい円筒形の土粒子からなる火山灰粘土層が、滑り台のようになって、地震の衝撃でその上に乗った地盤を滑落させるというものであるという。
 海水温の上昇が直接に集中豪雨のきっかけとなるという。温暖化にともなう降雨の増大と不安定化、とくに豪雨の頻繁な発生、そして地震の動きによって同じような被害がさらに予想されるという。
 『歴史のなかの大地動乱』を書くなかで、土木工学の仕事も少し読んだので、その中でだいたいの事情を承知していたが、さらに具体的にわかって参考になった。
 実は、このような山崩れの記事は八・九世紀史料の中で目立つ。『歴史のなかの大地動乱』でも述べた通り、八・九世紀史料では堰止め湖の形成とその決壊による災害という形でこの山地地盤崩壊を追跡することができる。七一五年の遠江・三河地震にともなう洪水(M6,5-7,5)、七七二年の豊後鶴見岳噴火にともなう災害、八一八年の北関東地震(M7,5以上)にともなう「水潦」(洪水)、八八七年の南海トラフ地震(M8~8,5)にともなう八ヶ岳山体の崩壊によって形成された古千曲湖の決壊にともなう大洪水などは山地地盤崩壊にもとづく洪水災害と考えることができると思う。
 この問題をはじめて指摘したのは、『古地震』(東京大学出版会、一九八二年)にのった論文「弘仁九年七月地震」(萩原尊禮・山本武夫)であろう。この八一八年の北関東地震の史料には「上野等の境、地震災をなし、水潦相仍り(あいかさなり)」とみえる。それまでこの「水潦」は津波と誤解されていて、この北関東地震は内陸地震ではなく、南関東も津波に襲われたのではないかと考えられていたが、山本武夫氏が「水潦」=「洪水」としたのである。上野国あたりで洪水があったということになり、これは山地に堰止め湖が形成され、その決壊によって洪水が発生したと解釈したのである。
 そして、もっとも有名なのは、最後の八八七年(仁和三)の東海南海大津波地震にもとづく大洪水である。この地震が東海南海大地震であることを論証したのは石橋克彦氏の大論文「文献史料からみた東海・南海巨大地震」(『地学雑誌』一〇八号4、一九九九)であるが、石橋氏は、この論文で、同時に、翌八八八年の信濃の大洪水は(『日本紀略』)、この地震によって信濃の北八ヶ岳の山体の一部が崩壊して、千曲川に塞き止めダムができ、それが梅雨時に決壊して引き起こしたものと推定したのである。
 この提言をうけて、考古学・土木工学の全体の研究が進んだ。JR松原湖駅付近の河道閉塞によって形成された古千曲湖は、シミュレーションによれば、湛水高一三〇㍍、湛水量五.八億㌧、その決壊時の洪水流の流量は約三.五万㎡/s、流速一.六㍍から五.〇m/sであるという。その洪水によって佐久・埴科・更級の千曲川流域一帯にひろがる広大な九世紀の条里水田が埋没し、回復不能なほどのダメージをうけた。それを明らかにした長野県の考古学関係者による、この五〇年ほどの営々とした発掘調査の成果は、柳澤亮がまとめている(「仁和の洪水と善光寺平の開発」(『考古学からみた災害と復興』東国古代遺跡研究会、2012)。また土木工学からは、井上公夫ほか「八ヶ岳大月川岩屑なだれによる天然ダムの形成(八八七)と決壊」(『日本の天然ダムと対応策』二〇一一、古今書院)がある。こういう協同的研究は文理融合の見本のように思う。
 この間、NHKは「深層崩壊」のテーマを繰り返しているようである。それは重要な問題提起であると思う。しかし、上記のような仕事が問題にされないのは何故なのだろうか。石橋の仕事などはもっと踏みこんで評価してもよいように思う。あまり学際的な視点というものがないのではないか。ジャーナリズムが学術分野全体の融合と調整をはかる、あるいは促進するということはあってよいことだと私は思う。
 大学や学術に対して、学際的・文理融合的な視点を政治家・官僚機構・ジャーナリズムは強調する。それはその通りであると思う。これが日本のアカデミーの弱さ、重要な社会的弱点であることは明らかだからである。
 しかし、とくに政治家・官僚機構の側には、本当に踏みこんだ政策や意思というものがなかったのではないかと思う。もちろん、大学の弱点は上からみていればよく分かるから、それを指摘するのは容易である。その指摘をすることを大学への介入と干渉の道具にしていたのではないかとさえいいたくなる。とくに最近の動向をみていると、大学の予算・人員を削り、新たな研究にとり組む余力も奪おうとしているようにみえる。中に踏みこまず、一緒に苦労しようとせず、自己反省もせず、ただ外から指弾するということでは困ると思う。
 とはいえ、ともかくNHKの番組は面白かった。とくに考えさせられたのは、「深層崩壊」のおこる二つの類型として、西日本の深層崩壊をもたらす「流れ盤」と称する斜めの土層は南海トラフの沈み込みによって形成されており、それに対して、東日本を中心とする火山灰山地にはハロイサイトからなる火山灰粘土層が分布しているという「深層崩壊」についての全国概念図であった。そのちょうど重なるところに、信州八ヶ岳があるようにみえたのである。

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