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2012年9月21日 (金)

77地震火山、『歴史評論』の特集「原発震災、地震、津波」

Rekihyou120920_225045  『歴史評論』の10月号がでた。特集「原発震災・地震・津波ー歴史学の課題」がのっている。詳細は、以下の通り。
 (1)石橋克彦「史料地震学と原発震災」
 (2)渡辺治「戦後史の中で大震災・原発事故と復旧・復興を考える」
 (3)西村慎太郎「文書の保存を考える」
 (4)荒木田岳「福島における原発震災後の報道」
 (5)保立道久「平安時代末期の自身と龍神信仰」
 石橋克彦氏の文章は出色。「一、東日本大震災は何だったのか」は、3,11地震の地震学的な説明。「二、福島原発震災は何だったのか」は原発事故が「想定外の津波」によって起きたというマスコミの報道への厳しい批判。そして「三・四」と歴史地震学・史料地震学についての説明がつづく。是非、一読されたい。「歴史地震学」というのは「地震歴史学」ではないということが重要だと思う。それは「歴史情報学」「歴史環境学」「歴史知識学」などというのと同じことである。これは歴史学者にとっては、歴史学の立場から、地震学・情報学・環境学・知識学などに参加するという覚悟を表現している。地震歴史学という個別の分野を歴史学の中に作るということではない。「歴史地震学」という以上、すべての歴史学者が、それを自己の研究の基礎として認識しなければならないということである。
 趣旨と文章がさすがにわかりやすい。石橋さんのアムールプレート論の骨子も書かれている。ユーラシアプレートの東端を構成する小プレートとしてアムールプレートがあり、それが東に動き続けている。その動きは太平洋プレートと比べれば10分の一以下らしいが、しかし、この小プレートの運動を想定することによって、日本の地震がわかりやすくなるというのが石橋さんの意見。石橋論文が注1にのっており、産総研からpdfを読めるので、打ち出して勉強した。プレートテクトニクスの木村学氏もアムールプレート重視説のようである。地震学の方ではいろいろむずかしい問題があるようだが、東アジアのテクトニクスという問題領域は歴史学にとってもどうしても必要な話だと思う。とくに石橋論文に、バイカルからスタノボイがアムールプレートの北境で、一種のリフトであるとあったのはありがたい。これは『日本列島の誕生』(平朝彦)にも同じ論点があるが、歴史の方からは、さらにわかりやすい。あの地域への、火山の集中のふくめ、ユーラシア東部論にとって緊要だと思う。
 渡辺さんの論文も必読。とくに「新しい芽」がどこにあるか、「福祉国家」構想を出していかねばならない理由はどこかという部分は重大な問題提起。この文章はシンポジウムでの報告だが、私はシンポジウムの司会をしていた。その報告の迫力は相当のものであった。迫力をもって歴史学はしなければならないということを考えさせる。渡辺さんは元気。
 西村さんの論文は東京にいる歴史研究者は必読。3,11に関わって、宮城と茨城の状況報告があり、さらに東京において将来予想される史料レスキューのあり方、それをみすえて論じる必要は明快。東京には「移動する文書」が沢山ある。晴海の倉庫などには相当の旧公家などの文書が管理されているのではないかという話しも聞く。首都に関係する歴史学者がもっている責務は特殊で、複雑だが、それを時代をこえて共通認識にすることは本当に大変であろうと思う。しかし、江戸都市論はあそこまで進んでいるので見込みはあることだと思う。
 荒木田岳さんの論文「福島における原発震災後の報道」は、題名通り、原発震災後の報道とマスコミについてのと正確な記録と批評である。歴史学研究会の特集もあったが、日次を追い、福島県の現代史と地域史を追う中で報道の問題性を批評するという全面的なもの。現場からの意識を歴史学の学界誌に残すという意味で重要なもので、歴史学関係者必読であると思う。「この国は何という国か」という慨嘆を再認識するとともに、その事実から出発する歴史学者としての散文精神を忘れないようにしたいと思う。
 私の論文「平安時代末期の地震と龍神信仰」は、『方丈記』に描かれた津波は越前・若狭で起きた可能性が高いということを史料的根拠をあげて論じたもの。地震論は、東京大学の地震研究所の西山昭仁氏の仕事にほとんど依拠して論じたものだが、『方丈記』の津波についての推測は、『方丈記』の叙述が事実を少しでも反映しているとすると、日本海側と考えざるをえないと思う。
 

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