著書

twitter

公開・ダウンロード可能論文

無料ブログはココログ

« 古文書の整理 | トップページ | 史料編纂所でのシンポジウム »

2012年10月14日 (日)

地震火山78『大震災のなかで』の加瀬和俊さんの文章

 友人の加瀬和俊氏から『大震災の中でー私たちは何をすべきか』(岩波新書)をもらう。内橋克人編で昨年6月に出されたもの。加瀬さんは、水産経済が専門で隣の研究所。昼過ぎ、食事にでようとしたら、メールボックスに入っていた。
 「漁業の復興に必要なこと」という端的な題の文章である。いま、帰りの総武線で読んでいる。「震災後1ヶ月の時点で書いたものですので、状況は大きく変わっておりますが」というメモが入っていたが、基本点は、いまでもこの通りなのだと思う。明解な問題の整理と喫緊の課題の提示は、さすが専門家である。
 冒頭に、東日本大震災においては津波による犠牲者が大多数であるということは、被害の中心が沿岸域にあり、それゆえに、被災者は、産業的には漁業・漁業関係産業の従事者やその家族が多い。そして、被災者生活再建支援制度による300万の「支援金」はあっても住宅再建は少なくとも数百万の資金が居ること、船その他の漁業用の生産手段は「親から子へ、子から孫へと代々に渡って少しづつ蓄積されてきた」もので一時に補填することはできないこと、このままでは「世界の三大漁場」といわれる東北地方太平洋岸は漁業衰退地域となる可能性が高いことが詳しく述べられている。
 そして、国家として必要なことを次の三点にまとめている。(1)自営業に科せられている災害復旧の完全個人責任の原則を廃棄し、漁業の生産手段についても保障と支援を考えること、(2)共同化をふくめた漁業の下からの再建の動きを最大限支援すること、(3)漁協の再建に特別な支援を行うことである。このうちもっとも当面の最大の課題は(1)だろう。加瀬さんはヨーロッパにおける国の漁業援助が実に周到であるのに対して、日本ではまったくことなっているということをどこかで論じていた。それと同根の問題であるが、日本の政府は漁業に対してたいへんに冷たい。
 共感するのは、「これらの要求を支える考え方は、個人に責任の無い負担は分かち合わなければならないという単純な理念である」という部分。加瀬さんはさらにつづけて「地球人みなが公平に負うべき被害を特定地域の一部の人々だけが負わされてしまったという現実に対して、その人々をして滅びるにまかせるのはあまりに原始的である」と述べている。
 我々がどういう自然に依存して生きているか、それ故に、その
自然から、どういう被害を受けるかという問題は、個々人ではどうしようもない問題である。こういう個々人では明瞭にどうしようもない問題については、出発点を平等にするというのがフェアであるという考え方は、人類にとって必須のものであると思う。
 ただ、これを加瀬さんのように「あまりに原始的」という表現で論じることについては、私には若干の疑義がある。「原始社会」は力弱い社会であって、たしかに「人々をして滅びるにまかせた」。しかし、現在、行われかねないのは、「知っているのに、補償の手段はあるのに、被災地の生業を滅びるにまかせる」ということである。こういうことは原始社会ではなかった。人類は原始社会において強い共同性をもつサル類として発展してきたのであって、助けられれば助けるという原則なしには人類社会は生き延びることはできなかったろう。「あまりに原始的」というよりも「あまりに非人間的」な退行というほかないのである。原始社会以前への退行である。こういう意味で歴史学にとって、「原始社会」のイメージというものはやはり依然として決定的な出発点的意味をもっていると私は思う。
 ともあれ、加瀬さんのいうことの意味は大きい。もし、加瀬さんのいう「単純な理念」が現実に実現されれば、現代がかかえる問題の相当部分が解消していくのである。とくにこの「自然」に対象的な自然のみでなく、肉体的な自然(その失調としての病など)をふくめて考えれば、現代社会の問題の相当部分は、ここに帰着すると思う。
 自然科学が明らかにしてきたことは、地球は全体として無限に連関した運動をしているということである。地質学の上でも生態学のうえでも、それはほとんど反論の余地がない形で明らかになっている。そして人類のもつ肉体的自然についても進化科学は同じことを明らかにしてきた。日本列島にすむものが地震・噴火の被害を受けるということについて世界の人々が、地球の一部の必然的な結果として理解すること、そこから教訓と地質学的な知識を受けとること、それは、この列島に棲むものが生きているだけで行える重要な「世界貢献」であると思う。
 それにしても、そういうように問題をひろげる前に、加瀬さんが、大震災の問題の現実の相当部分は、(原発震災の問題を除くと)なんらかの形で漁業に関わっていると指摘していることの意味は重い。ようするに、この列島に棲むものは、この機に漁業のことを考えるべきであるということになるのである。そういう世論があまりに少ない。網野善彦さんだったらそれをまっさきにいうだろう。

 『大震災の中でー私たちは何をすべきか』におさめられた文章はさまざまなことを考えさせるが、しかし、(原発震災の問題は別として、地震・津波について)こういう当然の現実を気づかせてくれるのは、他にかけがえがない。専門家の視野というものの意味を示すように思う。私も最初の研究を漁業史から始めたので、読んでいて他人事ではない。
 

« 古文書の整理 | トップページ | 史料編纂所でのシンポジウム »