松田哲夫さんと『源氏物語』の座談会
いま、総武線。12月1日(土曜)。富田正弘さんの新著のお祝いの会に出席の途中。
昨日は、『源氏物語』(翰林書房)のための、三田村雅子さん、河添房江さんとの座談会。朝から慌ただしく、さらに職場についても編纂仕事のあいまをぬって、座談会のためのメモをとるので、やや疲れた。会場のホテルについて一階でしばらく休もうとしたら、高校の先輩の編集者の松田哲夫氏が目の前のソファーにすわっていて、御挨拶。松田さんは私の1年上。
中学から高校時代につかれたようにして読んだ白土三平のマンガ。これが歴史に興味をもったことの最初の背景にあったのかもしれない。歴史書ではじめて共感をもって読んだのが、佐々木潤之介『大名と百姓』で、そこに出てくる「下人」という存在を、『カムイ伝』の下人・正助とだぶらせて読んだのは確実。『忍者武芸帳』は父の田舎の土浦の貸本屋で、従兄弟・従姉妹たちが借りていたのを読んだ。年内には従姉妹たちに会う予定だが、御元気だろうか。
『カムイ伝』は、『ガロ』に連載されていた頃、大田区馬込の自宅から大森・山王に超えていく坂の上の貸本屋で借りて読んだ。ところが一冊なくしてしまい、超過料金がたまり、最後にそうしようもなくなって母にあやまって損料を支払った。そういうことを、何度、母にしたろうか。こういうのは順繰りだが、母の情けなさそうな顔の記憶とともに、申し訳ないという感情はいまでも残る。
この一冊は、どこでなくしたか明瞭な記憶がある。つまり、私たちの高校の古い階段教室の一番後ろで読んでいて、机の下の棚におきわすれた。時間がたって気づいて戻ったら、すでになかった。いつか恩師の山領先生を囲む小人数の会があって、高校時代の話しをしていて、この話しがでたのだと思う。松田さんが、階段教室の机に『ガロ』があって、それが『ガロ』と出会った最初だということだった。「えっ」ということになったのだが、これが両者の記憶の偶然の一致でなく、事実であるとすると、松田さんは、そのあと、『ガロ』の編集部にいってアルバイトのようなことを始め、都立大学を中退して、編集者の仕事に入っていったのだから、一冊の『ガロ』で人生の道筋が交叉していたということになる。
回顧的になるのは御許し願いたいが、面白いことだと思う。その後、大学浪人中に都立大に行ったとき、一度会った。あのころの大学、とくに都立大はよくいえばエネルギーがあふれ、実際には乱暴・乱雑な雰囲気であったが、その中で高校時代と同じような様子をした松田さんのイメージが残っている。昨日も同じ感じだが、いよいよ軟らかい感じになられた。
さて、座談会の御題は「『源氏物語』と天変地異」というもの。やや仕事がたまっていたこともあって準備も不十分で、頭がよく動かず、御迷惑をかけたが、私にはたいへんに勉強になった。文学研究者と本当に勉強のことで課題をたてて話し込んだのは初めてである。
まず最初、ありがたいことに『歴史のなかの大地動乱』で何を考えたのかという質問をいただいたのだが、すでに何をどういう意図で書いたかという記憶の整理が消えていて、「えっーと」ということで頭が真っ白になる。慌ただしくいろいろな仕事をしていて、地震・噴火についても、10世紀以降の平安時代の地震・噴火の問題にテーマを移しているので、過去に書いたものを忘れてしまっている。右の著書に内容にそくした批判や議論があれば、そういうことはないのだろうが、依然として奈良平安初期の地震・噴火についてはとくに議論はないので、思い出す機会がないままであったこともあるのだろう。
そこで、結局、奈良時代と平安時代初期(9世紀)のイメージは、意外と10世紀以降と連続しているはずだ。最近は、10世紀以降の歴史の研究において、歴史の研究者と文学の研究者が協同的な研究が多くなっているが、九世紀をみるためには、それを跳躍台とする必要がある。9世紀に『源氏物語』の原イメージがすでに存在しているのではないか。『源氏物語』の感性の世界は9世紀にすでに生まれていると思うというようなことをしどろもどろに申し上げた(ような記憶)。
『源氏物語』を読まねばならないと、はじめて思ったのは、一昨年、『かぐや姫と王権神話』を書くなかでのことであった。それは宇治十帖に描かれた浮舟の運命、とくに彼女の入水から出家にいたる経過の中に、かぐや姫幻想が深く根を下ろしていることを知ってからである(「手習」)。そして、「少女」の巻にでる「豊岡姫」こそが平安時代の女性に親しい月の女神であろうと考えてからのことである。今回、『歴史のなかの大地動乱』を書いて、夕顔の中に描かれた「物の怪」の姿と、9世紀の文徳天皇陵の周囲に登場した「地神」のイメージがまったく共通することに気づいた。
けれども、『源氏物語』全体がどのように構成されているのか、そのテーマは何なのかというようなことを考えさせられたのは初めてである。「『源氏物語』と天変地異」を提示され、このようなことを考えてくるようにという指示をいただいた上のことであったが、源氏の人生の転回の要所要所で、「天変地異」が見事に書き込まれていることを知った。これと実際の「天変地異」の歴史事実を照応させ、文学的創造の土台となった薄闇の世界を照らし出すことは、文学史研究と歴史学の協同の課題であることがよくわかった。しかし、それにしてもきちんと源氏を通読し、構造的に読まなければならない。これは来年以降の課題である。
座談会の後の食事では、益田勝実さんの話しをうかがう。これも私にとってはうれしい時間。御二人とも初学の学生に益田さんの『火山列島の思想』におさめられた「ひじりの裔の物語」を読ませることにしているとうかがって驚愕。私は十分なイメージがなく、昨日、日曜日は、この論文をもう一度読む。論文の焦点は、宝剣・勾玉・鏡と同殿して睡眠するという天皇の生活のタブーの話しであって、正統的には、すべてをここから考え直さねばならないということを確認した。そして、これが益田さんの仕事の基本にすわっていて神話論への動因をなしていることも確認した。
この経験は、さらによく考えてみたい。座談会が出版されれば、さらに書く機会があると思う。食事しながら、松田哲夫さんとあったと話していて、御二人、とくに三田村さんとは、まったくの同世代なので、1970年代初頭の「大学紛争」の時代というものを、世代的経験として、ともかくも大事にしたいということになる。あの頃からの人生の統一性なくして、何の人生か。
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