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2013年1月29日 (火)

NHKの平塚雷鳥と市川房枝の番組。米田佐代子さん

 130129_125515 今日は、月曜。6時くらいから雪。千葉だけ強く降っているらしい。いま朝の総武線。
 昨日の夜は、平塚雷鳥と市川房枝についてのNHKの特別番組をみる。『地震の2000年史』という、朝日出版から何人かの人と一緒にだすの本の参考文献や地図の校正が期限で「見れないよ」といっていたのだが、相方が武田清子先生もでるよということで、ゲラをもってテレビの前へ。
 たいへんよいものだった。武田先生は、私の大学時代のアドヴァイザーで、さんざん心配をかけた。雰囲気はかわらない。先生はやはり誇り高い。お元気そう。市川房枝さんの戦争中の戦争協力についての意見をいわれていた。第二次世界大戦の開戦時、アメリカに留学しておられて、鶴見俊輔などといっしょの交換船で帰ってこられた話しは有名だが、その時、日本へ帰ってきても、「密告」のようなことをする人がいるとはまったく思っておらず、「今浦島」といわれたという。
 田中優子さんが番組の案内役。平塚雷鳥の話しは、雷鳥が参禅して「父母未生以前の面目は如何に」という公案を与えられたという話しを説明するのに、田中さんが禅堂で、同じ公案を示される様子が、ふーむというもの。私は自分がそうだったので、高校生の年頃の男が禅に惹かれる気持ちはわかるが、雷鳥は自伝のほかにはそんなに読んでいないので、「雷鳥と禅」ということはよく分からない。大拙や河上肇を通じて、あのころの禅というものの意味が何となく分かる感じはするが、それを正確に考える上では、雷鳥と禅というものを知るのが根本であるのかもしれないと思う。
 田中さんのおばあさんが雷鳥の影響をうけて家を飛び出たという話しがあった。偶然の織りなす網の目の中で、歴史は進むが、それを巻き戻しながら確かめていくということが必要な状況なのだと思う。
 雷鳥については、雷鳥記念館の館長の米田佐代子さんが田中さんと二人ででてくる。米田さんもお元気。我々は、米田さんが都立大学にいらしたころの院生である。私は、大学院に入って米田さんのような人をはじめてみた。はっきりとこだわりなく、ものをいい、立ち位置明瞭なフェミニスト。さすがに少し軟らかくなられたとは思うが、基本的な感じはまったくかわらない。やはり、一時、戦争協力の姿勢をとった雷鳥について語りながらも、理路整然と雷鳥に対してなぜ親しい感情をもつのかを語られる。昨年、人にたのまれた用があって、久しぶりに電話で声を聞いたが、もう10年以上、御会いしていないと思う。最後に御会いした記憶があるのは、青山で歴史学研究会の大会があった時ではないか。あの時、たしか女性史の部会があって報告をされたのではなかったか。
 やはりみてよかった。雷鳥の記念館は雷鳥が籠もった信州にある。見事な風景である。いつかいってみたい。
 番組の途中の田中さんと上野千鶴子さんの対談も興味深かった。お二人が、『青鞜』の時代以降の歴史というものの意味を実感をこめた語ることに共感した。それらの一つ一つのことがあって、今がある。お二人が、「雷鳥・房枝の生涯を面前にすると忸怩たるものがある。現在の女性と社会をとりまく様子に直面していて十分なことができずにいると感じる」とこもごも述べるのを聞くと共感というほかない。私たちの世代は誰も同じであろう。

 さて、最近の就寝時の本が上野千鶴子・前・田中の『ドイツのみえない壁』であった。この本には上野さんの肉声が聞こえるようで、今日の話とかさねると興味深い。米田さんと上野千鶴子さんは少し似ているというのが発見である。そこで、今日は、この本の感想を書こうとしたのだが、珍しく学校に向かう娘と電車で一緒になり、彼女にこの本面白いよといって渡したら、読み始めたので取り返すのも悪い。これはまた後に。

 かわりに茅野蕭々の訳したリルケの詩、「女たちが詩人にあたえる歌」。飛躍するようだが、番組の中でエレン・ケイがでてきたからいいだろう。リルケのフェミニズムはエレン・ケイのフェミニズムとどこかで通底している。

 すべてが開かれるのを御覧なさい。私たちもそうです。
 私たちはさうした祝福に外ならない。
 獣の中で血と闇とであったものは
 私たちの中で魂に育った。そして

 さらに魂として叫んでいる。あなたへも。
 あなたは勿論それを風景のように
 眼に入れるだけだ。軟らかく、欲望もなく。
 それ故私たちは思ふ、あなたは
 
 呼ばれる人ではないと。しかし、あなたは
 私たちが残りなく全く身を捧げた人ではないのか。
 あなたの外、誰の中で私たちはより多くなれるというのか。
  
 学者、とくに歴史学者などというのは、「見る人」であって、自己の内部のものに突き動かされて行動する人ではない。「呼ばれる人」ではない。けれども、この国の近代の思想史の中心にいた女たちの声は聞こえる。
 いま、火曜昼。

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