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2013年2月23日 (土)

地震火山84歴史地震の教育も文理融合で、

 明日20130224は東京歴教協で講演。10:30から駒場高校で。
 題は宣伝では「歴史における自然と地震火山神話ーー神話をどう教えるか。歴史教育の側に聞きたいこと」としたが、「平安時代の地震と祇園社」に変えさせてもらう。ただ、地震神話の話しはトップにするので御容赦。神話論はさらに徹底的につめてから展開したい。
 スライドシェアにレジュメを載せた(webpageにある「Slide平安時代の地震と祇園社」)。
 歴史教育の側への提言をしてほしいということである。歴史環境学、歴史地震学の研究による歴史像・歴史文化の見直しを前提にして、歴史教育の側に対して何がいえるかということを考える。
 「おわりに」で三つふれるつもり。(1)は「神話の文化的位置と教育について」ということで、「安全神話」という言葉の含む欺瞞を論じておきたい。これは「神話」という言葉の誤用であって、実際は「安全宣伝」「自己欺瞞」であるものを「神話」と言い換えて、全体に責任があるかのような言葉使いは問題であるということ。私は、自然神話としての記紀神話は民族的な遺産であると思う。このような言葉使いは「神を蔑する」ものであると思うし、自然神話の理解によって列島の自然史を考えるというルートを棚上げする歴史無視であると思う。そしてこの問題は、歴史教育の側で、自然神話をどう教材として利用するかという問題につらなってくる。
 (2)は「教育における文理融合について」で、いま、プレートテクトニクスを小学校から教える必要は明瞭だと思う。防災教育は重要であるが、それが「恐怖教育」にならないようにするためには、地学(地理)教育の充実がどうしても必要である。そもそも文部科学省は、ここ20年、一貫して「地学」教育を中学・高校から排除してきた。それは客観的には地震列島に生きていく子供たちから基礎知識を奪ってきたということであって、生命を守るという教育の最低線を意識していなかったということである。歴史学の教育にとっては、地学教育の基礎の上に、それを支援できるような「融合的な」教育内容を作りだしていく必要があるのだと思う。
 (3)は「教材の電子データ共有について」である。こういう新しい教育分野について、教師個人ではなく、教師集団が、教材の見直しと教科の融合を実現する道を探る必要があると思う。その際、教材の共有のために、電子データによる教材の共有と練り上げが重要だと思う。
 明日の講演では、できれば、WEBに載せたスライドシェアをみていただこうと思う。昨年やった小学校での授業のスライドものせてあるので。

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