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2013年3月27日 (水)

87地震学の用語法(2)「正断層と逆断層」

地震学の勉強をしていて、正断層と逆断層という言葉が、よく分からなかった。あれっと思ったのは、新聞で「福島の浜通で、東日本太平洋岸地震ののち、日本にはあまり多くない正断層が頻発している」という記事を読んだ時であった。そうか、日本では正断層は少ないのか、と思ったことを覚えている。
 正断層というのは、岩盤が引っ張られるようにして、断裂する形式の断層で、逆断層というのは、押し合って、岩盤の片方が片方に乗り上げるような断層であるというのは、一応、おぼえた。正断層が発生しているという福島の浜通りは、福島原発があるところで、正断層が多発しているのはそのすぐ南であり、Hi-NETなどをみると、そこは、浅部の地震を示すまっ赤なドットが集中している。
 そののち、正断層、逆断層という言葉を聞いたり、読んだりするたびに、それを思い出すのであるが、しかし、どうもよくわからない。なぜ、正断層・逆断層というように呼ぶのだろうかと考えるようになった。
 よく分からないというのは「正・逆」という一種の価値評価をふくんだ言葉がなぜ使われるのかということであった。正断層というのは、英語ではnormal faultといい、逆断層はreverse faultという。断層をfaultという言葉はテニスのフォルトと同じで、responsible for mistakeという意味で機械などについてもいわれるということだが、断層がなぜフォルトと呼ばれたのかは知らない。ともあれ、この正断層・逆断層という用語は、自然科学の学術用語の常として、欧米由来なのである。
 そして、ああそういうことかと思ったのは中村一明『火山の話』(岩波新書)を読んでいて、アイスランドのギャオ(地溝)についての説明にぶつかった時である。そこには次のようにあった。

 アイスランドの活断層は、ギャオのような正断層のほかには数本の、それも疑わしい横ずれ断層があるだけで、表面積の縮小を示す逆断層は一つもない。これに対して日本の活断層は、逆断層と横ずれ断層が主で、正断層は火山地域をのぞけばほとんどない(一六六頁)。

 これは地震学の人ならば常識的なことなのであろうが、ようするに、正断層というのはヨーロッパで多い、あるいはヨーロッパ地質学の目にふれやすかったということなのだと思う。それがどの程度のことなのかは私にはわからない。また世界の各地域で、正断層と逆断層の比率がどうなっているかは、いよいよ、私にはわからない。しかし、地震学というよりも、地質学は、まずはヨーロッパで成長した学問であるから、ヨーロッパ的な基準によって学術用語ができあがったということは、確実であろう。いわゆるヨーロッパ中心主義である。こういう用語を点検して、より普遍的な用語、実態的な用語に置き換えていくということは、世界の他の地域にとって、日本にとって、どの学術分野でも必要なことであると思う。
 ここまでが勉強したこと。それではどういう用語に変えていったらよいのかということは、もちろんのことながら、私にはわからない。ただ、実際には、現在では、正断層・逆断層に「(右・左)横ずれ断層」という分類が加わり、四種類の分類がされることが一般のようである。「衝上げ断層」という言葉を聞くこともある。「横ずれ断層」という言葉に対応するものとしては、「縦ずれ断層」ということになるだろうか。
 こういう様子をみていると、遅かれ早かれ、実態的に断層の形態を説明する用語が一般化することになるに違いない。たとえば、正断層を「引張り断層」、逆断層を「押合い断層」というのはどうだろうか。私が考えるような問題ではないが、しかし、「横ずれ断層」にくわえて、この種の言葉が一般化すれば、ターミノロジーの風通しはよくなる。これに前回のエントリーで述べたように「震度」がただの「ゆれ」、マグニチュードが「強さ」ということになれば、ニュースや解説に引っかかることはなくなるに違いない。ともかく、できるかぎり簡単で、子どもでも理解できるような実態を反映した単純な用語を作り出すことが必要なような気がする。
 なお、この問題は、根本的には、地質学の用語をどうしていくかという問題にも関わるのだろう。たとえば、洪積世Diluviumというのは地質学がノアの洪水により形成された地層と考えたためであるというのは有名な話である。DiluviumはDeluge(洪水)と同語源。これは今では更新世というが、私などは洪積世という言葉をおぼえた世代なのでごちゃごちゃになってしまう。今回の学習指導要領の改正で地質学、「地学」の学習量が増える可能性があると聞く。教育内容・用語法などをふくめて地質学の側でさまざまな議論があるに違いない。詳細を知りたいものである。

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