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2013年5月 9日 (木)

93地震痕跡の標準的調査方法(『考古学からみた災害と復興』)

 連休前後は少し調子を悪くして出ることもできなかったが、歴史地震の文理融合的な研究のあり方について考えることが多い。歴史地震の文理融合的な研究にとっては地震学・地質学・考古学・文献史学の協同が決定的な意味をもっていることをあらためて考えている。
 その延長もあり、明日話しをせねばならないこともあって、818年(弘仁9)の北関東地震について勉強。『歴史のなかの大地動乱』では枚数の制約もあってほとんど書けなかったが、この地震は広域的な考古学的な地震痕跡の調査が成功していて、被害の実態がよくわかる事例のトップにある。ここには東国の考古学関係者の実力がよく現れているように思う。私の本などは、ともかく大枠を歴史学の側から描いてみるという性格の本なので、こういう考古学の仕事には頭が上がらない。
 それをよく示しているのが、昨年2月に行われた東国古代遺跡研究会の主催で行われたシンポジウムの記録『考古学からみた災害と復興』の論文のうち、山下歳信「赤城南麓の災害と開発」、田中広明「弘仁の大地震と地域社会」、高井佳弘「弘仁の地震と上野国の瓦葺き建物」の三論文である。どれも、北関東における818年地震の考古学的な分析を行っており、興味深い。明日は、それを要約して他人のレポートに追加説明をする予定。
 山下氏の論文は全体的な概況の展望、田中氏の論文は竪穴住居と倉庫に対する地震被害の痕跡の詳細な追究、そして高井氏の論文は瓦からみた上野国分寺の地震災害の復元的な分析で、どれも有益なものである。

1  この画像は、田中論文にのっている竪穴住居が地割れによって「側方流動」した様子を示す図面である。「古墳は巨大な地震計」というのは、地震が古墳の整った形を壊すことからとった地震考古学の寒川旭さんの名言であるが、同じように「竪穴住居は小さな地震計」である様子がよくわかる。
 そして、この田中氏の論文は地震学の人にとっても重要なものだと思う。

 つまり、田中氏は、考古学的な発掘によって、地震の局所震度、局地的震度を厳密に考えることが必要であるという前提にたって発掘・記録・研究の方法論を展開している。
 つまり、遺跡の地震痕跡分析においては、(1)液状化現象によって壊された遺構はどこに立地するのか(被害の実態は遺跡単位ではとらえられない)、(2)液状化現象による噴砂はどこに砂脈を形成したか(噴砂の走行は堆積層と震度の複雑なメカニズムが存在する)、(3)地盤の形成層と砂脈の幅は関係するか(砂脈の幅を砂脈ごとに記録する)、(4)液状化現象によって断層が生じたか(遺跡底面・床面に上下の食い違いがみられるか、また床面傾斜がみられるか)、(5)液状化現象で側面流動が発生したか(遺跡の平面的な食い違いがみられるか)。
 この五点を正確に調査・記録して局所震度を判断する。それは次のようなものだという。

震度5弱 遺跡に残る液状化現象は確認しにくい。
震度5強 旧河道、後背湿地などに液状化現象がみられる。
震度6弱 自然堤防上の集落遺跡で液状化現象の痕跡を確認できる。一部に上下の断層がある。
震度6強以上 自然堤防上の集落遺跡では、液状化現象で側方流動が生じた。地表に陥没が起こり、旧表土ごと沈み込む。

 これは明解な規定である。こういう規定を地震学・地質学・考古学で共有して精密な震度測定をしていくことが必要なのであろうと思う。これを十分な人員と費用と体制をかけて100年やれば、相当に正確な歴史地震の震度分布図ができあがるのだと思う。これによって寒川旭氏の仕事のあとを継ぐことが可能になるのだと思う。
 以前、このブログの地震火山11で寒川旭氏の『地震考古学』の紹介をすると同時に、次のように述べた。

 これは日本の考古学の新しい社会的役割が発見されたということでもあるように思う。それまでも、考古学は地面と地盤を調査するという意味では地質学と深く関係するものではあったが、これによって地震の痕跡を調査し記録するという新しい役割が生まれた。国家や各自治体は、それを十分に認識しているだろうか。遺跡調査がなぜ必要かということを自治体や市民に説明することはおうおうにして困難をともなうが、これは絶対的な必要であるように思う。考古学の位置づけを考え直さないとならないし、調査体制の強化が実際上の必要であることが強調されてよいと思う。
 千葉では幕張と美浜町で液状化が起きているが、自宅近くをみても各地で液状化が起きているに相違ない。現代の通常の生活では、地盤というものを意識することがないように思うが、これは地域で共有しなければならないものなのかもしれないと思う。表面の利用・占有は私的に行われるものだが、地盤それ自身は共通するものだから、何らかの意味での共有を考えざるをえない。いわゆるコモンズ(社会的共通財)であるということの意味を正確に考える必要があるのだと思う。コモンズとしての土地・大地というと、ことあたらしいが、歴史学では従来からいう「共同体所有」あるいは網野善彦さんが強調した「無縁」の問題が、これにあたる。

 この記事は二年前の3,21。東日本太平洋岸地震の10日後である。あの時、こう考えたことの内容が徐々に自分でもはっきりしてきているというのは一つの進歩であると思うが、しかし、自分にとってはあまりに遅い。
 
 なお、高志書院から『古代の災害復興と考古学』が高橋一夫、田中広明編ででるらしい。これは編者からみて上記のシンポジウムを反映したものであろうか。5月末の発行予定となっているから、歴史学研究会の大会には間に合うのだろうか。文献史学、地震学・地質学関係者にとっても有益な本であるに違いないと思う。
 アマゾンでは「遺跡には災害のさまざまな情報が凝縮されている。本書では、考古学・歴史学等の研究者が遺跡のもつ多様な情報から古代の災害と復興の実態を克明に考察する。喫緊の課題である減災に向けて、考古資料が発信すべき今日的役割と何か! 土地に刻まれた災害と復興の痕跡に正面から向き合い、真摯に問いかける初めての考古学論集」とある。
  

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