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2013年9月12日 (木)

『中世の女の一生』について、以前、茂田真理子さんが文芸に書いてくれたもの。

『中世の女の一生』について、以前、茂田真理子さんが文芸に書いてくれたもの。本の整理をしていたら、『文芸』がでてきた。最後の方の褒め言葉は省略。

 『源氏物語』などの平安朝女房文学は限dないの私たちにも馴染みが深く、専門家ならずとも平安期の貴族生活に関するそれなりの知識、あるいは少なくとも何らかのイメージは、誰もがもっているものである。ただしそれはあくまで貴族という特権階級の生活についてであって、彼らの豪奢な生活の外にあるものとなるとどうだろう。平安朝の物語や日記に現れる人の心の機微や葛藤に心を寄せて読めば読むほどに、時としてふと貴族達の悩みが贅沢なものに思えて鼻白むような思いに囚われることがあるのは私だけだろうか。そうした時、私は貴族生活の中にもちらちらと点描される「卑しき者」たちの姿に心ひかれる。庶民が女房文学の中に姿を現すとき、彼らは多く闖入者や見苦しい存在として描かれるのだけれど、これら「普通の人々」の生活の実態について、私たちは殆ど知らない。
『中世の女の一生』の第一部はこうした中世の庶民女性の生活と生涯史に焦点を当て、彼女たちの成長、仕事、恋愛と結婚など、まとめてみると現代の女性誌の広告でも見ているかのような、普遍的でありながらそれゆえに記録として残りにくい問題を中心に論じたものである。古文書などの文献資料にはなかなかその姿を現すことのない庶民女性の生活を再現する糸口として著者の保立道久氏が特に細部に渡って論じるのは絵巻物などの絵画史料であるのだが、更に中世に於ける女性の立場や意識を探る手がかりとして平安から鎌倉時代にわたる物語文学もその検討の対象となっている。こうした方法論に於ける困難とは絵画・物語資料のフィクション性を肝に銘じつつそこに反映された実際を正確に透視しなければならないことに他ならないのだが、庶民女性の生活を描き出すことに於いて保立氏は充分にその裏付けの抽出に成功しているといえるだろう。
 例えば興味深いのは前掛けの原型とも言える褶に関する考察である。それは労働着として実用的な役割も持っているのだが、保立氏はそれを女性が身につけ始める時期について貴族女性が十二単のうえに纏い後腰を装飾する裳との対応に着目し、褶にもまた成人女性の証としての象徴性を見出すことができるとする。婚姻を前提として、言い換えれば肉体的成熟を正式に証すように行われる裳着に対して、褶には更に一人前の大人の女性として労働に参加できる年齢に達したことを示す意味があったというのが著者の議論なのだが、紫式部に「汚げなる褶」と侮蔑的に言及されるこの衣服にも一定の装飾的意味あいがあったとすれば、それを身につける女性達にも小さなこだわりがあったのではないだろうか。証明など出来ることではないが、仕事の合間などにお互いの褶を誉めあったりしているような彼女たちの姿を思い浮かべるとなんだか嬉しくなってきてしまう。
 おそらくは褶のような細部こそが私たちを中世の女性達の元に連れていってくれるのであって、そうした意味で本書は、遠い昔の中世の庶民女性の生活へと私たちを導いてくれる格好の案内書であるとも言える。彼女たちが労働に用いていた細々と道具や、男女の出会いの場としての領主の館についての記述など、庶民女性の日々を思い描く端緒を得るだけでも、現代の私たちにとっては貴重な足がかりとなるのだ。
 更に本書は都の女房文化が地方の女性文化の原型となっていることに注目しつつ書かれた四つの小論をまとめた第二部、中世民衆の男性と女性を対応させつつそれぞれのライフサイクルを論じた第三部と続いていくのだが、著者の問題意識は一定していて、通読してみると読者はこれまで具体的に思い描くことの難しかった宮廷社会の外側、主に庶民女性の暮らしぶりについてある種の実感を持つことが出来るだろう。その中でも第二部の中の、下女の所有権を巡る訴状を論じた「下女の恋愛と呪詛」には、三角関係に苦しみそのライバルの呪いを恐れる下女が登場して興味深い。物のように所有された彼女たちではあるけれども、そこには今も昔も変わらず貴賤にも関わらない、一人の若い女性の姿が見えるのである。
 保立氏は本書を結ぶにあたって、遥か昔の時代のこととはいえ、男性という身で女性の生き方について論じることは「いろいろと案がゆれることでもあった」と書き記しているのだが、 

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