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2014年2月19日 (水)

地震火山104歴史教育と地震、「 奈良・平安時代の地震、神話と祇園社

 東京歴教協で昨年やった講演です。
 長いので、WEBPageに全文は載せました。
  

      奈良・平安時代の地震、神話と祇園社
           東京大学史料編纂所教授  保立道久
はじめに
 今回の東日本太平洋岸地震と原発震災の複合という事態の中で、今、どういう教材研究が必要なのか、そして小・中・高・大学でどういうカリキュラムを系統的につくっていくべきなのかということを、みなさん、御考えなのではないかと思います。問題はたしかにきわめて大きく、私は、歴史の研究者としても、それに対応して、基本的な部分から考えなおしていくべきことが多いのではないかと思います。

 まず御紹介したいのは最近の『歴史学研究』(2013年3月号)にのった峰岸純夫さんの「自然災害史研究の射程」という論文です。峰岸さんはたんたんと書かれているのですが、それを読んでいると、端的にいえば自然史を本格的に歴史学の研究と教育の中に組み込んでいくことの重要性を改めて認識させられます。とくに私はいま地震学や災害論の研究者と議論する機会が多いのですが、彼らと話して、この論文で重大だと思ったのは、峰岸さんが、自然災害を(1)気象災害(a風水害、b干ばつ・冷害、)、(2)地殻災害(a地震・津波、b火山爆発、)、(3)虫・鳥獣害(a昆虫の大量発生、b鳥獣の作物荒らし)と区分していることです。とくに(2)の地殻災害という言葉は、峰岸さんは「日本列島の地殻構造に起因する地震・津波・火山爆発などである」と説明されていますが、災害研究のキーワードの一つになるのではないかと感じています。ヨーロッパの災害研究では、災害はMeteorological Hazards Geological Hazards Biological Hazardsの三つに分類されているということですが、峰岸さんは、それとは独立に同じ結論に達したようです。このうち、二番目のGeological Hazardsというのは地質災害とも訳せるかもしれませんが、地殻災害という訳は新鮮だというのが災害研究の方の意見でした。

 ただ、三番目の虫・鳥獣害というのは、もっと広くBiological hazards、つまり直訳すれば生態災害とでもいうのがよいのではないかと思います。いま鳥インフルエンザのパンデミック(世界流行)の危険が問題となっていますが、これもある意味での鳥獣害ですが、生態系の攪乱からくる災害という広い意味で分類した方がよいように思います。

 話のはじめに、なぜ、この災害の三類型について御紹介したかといいますと、実は、今日お話しする奈良時代から平安時代は、温暖化、地震・噴火、そしてパンデミックがまさに日本の歴史上、最初に一緒にやってきた時代だからです。地震・噴火などの地殻災害は、そのような人間と自然との関係の歴史全体の中で分析する必要があります。

 そして、八・九世紀においては、人間の生命に対する被害という点では、まず生態災害=疫病、気象災害=飢饉が大きいことを確認しておきたいと思います。もちろん、当時でも、津波は大きな被害をもたらしましたが、しかし、地殻災害は以下に述べていきますように、世界観の問題としてはきわめて大きな問題であったとしても、実態としては、現代ほど多くの人々の死をもたらす災害ではありませんでした。それに対して、明治以降千人を超える死者が出た震災というのは十二回あります。つまり一八九一年(明治二四)の濃尾地震は七二七三人の死者が出ていますが、以来一二〇年ですから、大体十年に一度、千人を超える人が無くなった地震が起きていることになります。これがどこまで国民、市民の中で常識となっているかは分かりませんが、ともかく、今日の話の前提として、現代に近づけば近づくほど、地殻災害の被害は相対的に増大している。そういう意味でもこれを考えることはきわめて重要であることを確認しておきたいと思います。

(1)倭国の神話と地震・噴火
 さて、地震・噴火の問題を考えていく場合に、どうしても「神話」について考えておく必要があるというのが私の意見です。いうまでもなく、戦後の歴史学と歴史教育の出発点における最大の問題の一つが「神話をどのように扱うか」ということでした。そして、戦後の歴史学も歴史教育も、神話を子どもたちに伝えること自体に反対した訳では決してありません。これは石母田正さんの有名な論文「古代貴族の英雄時代」(著作集十巻)であるとか、益田勝実さんの『国語教育論集成』(『益田勝実の仕事』5)であるとかを、是非、読み直していただきたいのですが、そこでは民族にとって、神話というもののもつ重大な意味が明瞭に語られています。民族の神話は、人類が地球の特定の地域に棲みついた時の経験と自然観に深く根づいているもので、それは多かれ少なかれ、民族の根っこを表現するものであると思います。いわゆる国民的歴史学運動の揺れと誤りの問題もあって、この問題についての議論は十分な決着を見ないままできていると思いますが、大地動乱というべき自然の動きを前にして、私は、倭国の神話を自然神を中心にして捉え直すことが必要だと思うのです。

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