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2014年4月25日 (金)

「古代」と「中世」、奈良時代と鎌倉時代は、なぜアカデミックか。

「古代」と「中世」、奈良時代と鎌倉時代は、なぜアカデミックだったか。

 今日は授業。頼朝にかかわる後妻打ちを論じたが、報告が明解を欠いた。「どうも私は頼朝が嫌いなようで」と冗談に逃げて話しをおさめてしまった。ゼミのみなさま、失礼。

 これは庭のかりん。
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 久しぶりに「中世」のメモにもどって確認をしているうちに、昨日、夜遅くなり、ややボーとした。帰りの電車でも寝られず、家にかえって呆然と寝て起きたところ。

 繰り返しと冗談の多い授業になってしまい、話す予定であったことがはなせなかった。
 それは憲法的史料を読むという問題である。

 水林彪氏の『記紀神話と王権の祭り』は私の愛読書の一つ。彼によると『古事記』は律令国家の憲法文書であるという。どういう意味でそう考えるかはいろいろな議論がありうる。水林氏の議論にすべて賛成できる訳ではない。

 しかし、たしかに国家の規範的な政治思想が『古事記』『日本書紀』に反映されているということはできるのだと思う。私は、神話は9世紀にまで直接の甚大な影響をあたえており、さらに平安時代には陰陽道その他のなかに形態を変えながらも続いていくと考えるようになった。『古事記』『日本書紀』はまさに憲法的史料なのである(その意味で「中世神話」という切り方は、この連続性をつぶしてしまうので、私は、賛成できない)。

 話しはずれたが、歴史学にとってはたしかに憲法的史料というのがあると思う。律令国家ではそれは律令そのものと『古事記』『日本書紀』であろう。そして、鎌倉時代は、幕府法と『吾妻鏡』である。

 憲法的史料というのは、第一に、その歴史社会を規定する特定の法思想・政治思想が表現されている史料ということである。その第二の意味は、同じことではあるが、その歴史社会を分析するうえで、優越的な位置をもち、その史料の分析なくしては仕事ができないという史料である。

 20年くらい前までは、歴史のアカデミズムというのは、「古代」では律令と『古事記』『日本書紀』が読めるかどうか、「中世」では幕府法と『吾妻鏡』が読めるかどうかということであった。それを読む技術や慣れを先生におそわるというのが、その時代の歴史学を学ぶプロに必要なことであった。平安時代にはそういう史料はないので、平安時代は長くプロのやることではなかったという訳である。
 
 私は学部は国際キリスト教大学で、そのような基礎訓練はうけず、そういう基礎訓練がなくてもできる平安時代史研究から出発した。ようするに石母田正『中世的世界の形成』を読み、そこにでてくる史料を自分で読んで勉強を開始するというパターンである。私の世代までは、確実にそういう研究の出発の仕方があった。
 しかし、そういう経過で、基礎訓練の欠如に、長く強いコンプレクスをもっていた。しかし、ここ20年ほどは、徐々に、大学の歴史教育課程のなかで、そういう基礎訓練の位置が下がってきた時代であった。研究それ自身の進展、充実した解説書の刊行、そしてデータベースが、そのような傾向をもたらしたのである。これによって歴史学への接近の道を少し広くなったしたのである。そのお陰で、私のような研究者も、どうにか仕事をしてこられた。ありがたいことである。
 
 けれども今日、授業をやってみて、『吾妻鏡』のある節を読んだのだが、馬鹿なことをいうようだが、やはり『吾妻鏡』は大事だと思った。憲法的史料、基本資料をどう見るかというのは、特定の歴史社会を全体として考える上で、やはり決定的な意味をもつことを再認識した。

 ある時期、『国史大系』の『吾妻鏡』をよく読み、そして『曾我物語』をよく読んだ。今日、やった話しで『吾妻鏡』と『曾我物語』を横断した史料の読みが幕初の見方を一変させることが可能であるということを実感。「我が敵」=頼朝への感情が蘇るとともに、しばらく忘れていた鎌倉期への興味がもどった。

 ひるがえって、現代日本社会を、後の時代の歴史家が分析するとしたら、まずは文字通り憲法を熟読するはずである。将来社会の歴史家にとっては、現憲法が社会分析のキーになるであろうことは疑いない。
 無事に、現代と21世紀を乗り切れば、どういうことにせよ将来社会というものは到来する。そして、どういうことにせよ、それは現在の憲法的価値の中枢部を引き継ぐはずである。その時代の歴史研究者にとっては、明晰は憲法的史料をキーとして社会分析のなかに順調に入っていくことができるはずである。

 我々の後に来る歴史家たちの視点を自己の視点とすること、私は日本国憲法を通じて、それが可能であると考えている。日本国憲法の価値は将来社会にわたってきわめて高く評価できるところがあると思うのである。それは何らかの意味で協同主義的な将来社会の原則として拡張できる部分があると思う。

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