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2014年4月18日 (金)

歴史家と読書――生涯に100冊の本を徹底的に何度も読む。

歴史家と読書――生涯に100冊の本を徹底的に何度も読む。
 総武線のなか。今日は授業。
 先週は打ち合わせだったので、今日が本当の開始。
 最初に「歴史学における読書」という話をするつもりで、そのメモを作ろうと思う。
 
Cci20140418


昨日、書斎の整理をしていたら、『大塚久雄ーー人と学問』(みすず書房)みがでてきた。
 この本は大塚先生の著作集を編集した岩波書店の石崎津義男氏が先生からの聞き取りにもとづいて先生の逝去の後に出されたもの。大塚さんの伝記としてつかうことができる本である。前は机辺においていたのだが、しばらくみないと思っていたら、別の机にあった。

 なつかしく読んでいたら、大塚さんが「自分の読んだ本はせいぜい一〇〇冊だろう」といったとある。これは100冊の本を徹底的に読んだということだろう。石津さんは、大塚さんの、この断言自身、あるいはその数の少なさに驚いているが、大塚さんの100冊のなかにはマルクス・ウェーバー・ゾンバルトなどの独文や、その他の原書が入っている。しかも、石津さんが神保町近辺の洋書古本屋崇文堂の主人にきいたところ、大塚さんは同じ原書を何度も買っており、それは何度も読むので本が毀れたためだという。

 だから、この数をどこまで一般化できるかは問題が残る。しかし、一定数の本を何度も読むことが大事だということは、おそらく歴史学においてはいまでも通用することなのではないかと思う。

 つまり、歴史学は一度、頭のなかに記憶することが必要な学問である。しかも多数の史料を読まねばならない。それによって頭のなかで、忘れることは忘れ、残ることは残っていき、残った知識・記憶のなかで相互浸透作用のようなものが起きる。こうして史的実在の写像のようなものが無意識にできてくるのである。

 しかし、無意識とはいっても、実際には重要と判断したものが残っていくのであって、そこでは一種の記憶の結晶術のようなものが働く。そして、この結晶術というのは、結局、専攻研究者の本である。多数の史料を読んでいくが、やはりそれを本の記述にもとづいて結晶してくるのである。歴史家はまず沢山の史料を読むテクニックをもたなければならないが、しかし、他の多くの歴史家の著作をどの程度徹底的に広く読んでいるかが、歴史家の基礎体力のようなものを決定すると思う。


 これは一度、100冊を自分で数えてみようと思う。100冊のリストを作り、それはきちんと並べて動かさないということにすると本棚が片づくかもしれない。考えてみると、「あれ、あの本はどこにいった」ということがしばしば起こるのは、第一は何度も読む本が、しばらく読まないでいると、どこにもみえない。それは自分の評価が高いために特別の扱いをしてしまう。あるいは使用頻度があるため、整理不行き届きになるという場合である。第二は、批判の必要があって何度も読む本で、これは自分の心のなかでは「名著」ではなく、評価が低いので、すぐに「もういいや」と思ってしまって、整理が行き届かないという例である。こういう時は、「またあの本がみえない。批判されるのが嫌で隠れている」などと冗談をいう。

 それは著者の数でいえばどうなるだろうか。50人ほどになるのであろうか。やはり100人ほどになるのであろうか。歴史家の職業というのは狭い世界で成り立っている職業であると思う。

 別の面からいうと、歴史家の著書を読み込むということは、結局は、その歴史家の論文を最大もらさず読む。あるいはその歴史家がもっている感覚のようなものにまで深く入っていくということである。自分のものになった本は、歴史家という職業のなかでは、その職業集団のなかで共有される感覚器のようなものである。歴史家は、蟻のようなもので、他の歴史家の作った触角を自分の前にもってきて、自分の触角にするとでもいおうか。

 ともかく先輩や友人の歴史家の著作は複数読むことによって、その人が自分のなかに取り込んだエッセンスのようなものが、私のなかに入ってくるのである。

 だから、その歴史家の仕事は本でいえば二冊あるいは論文量でいえば1000頁ほどは読んでいることがどうしても必要である。論文の二/三本を読むのは実務であって読書ではない。その論文一つ一つはしばしば実務的なもので、散文的なものであるかもしれない。しかし、1000頁となると、そのカバーする史的世界の範囲は相当に広くなる。それは、その歴史家の仕事がが整った体系をなしているかどうかには関わりない。もちろん、体系をなしていることがのぞましいとはいえ、そこで必要なのは、ともかく史的な知識と直覚が全体的なことである。
 結局、歴史家の頭の環境は、史料を通じて獲得された史的世界に対する知識によってできている。そしてその知識は知識のままではなく、一種の直覚のようなものになっている。その意味では歴史家の頭は職人的なものである。
 そのような知識として自己のなかに蓄積されてメタモルフォーゼされていく本が100冊ということである。

 帰宅。
 授業にでている院生は、今年は、全員院生なので、マスターの間に30冊は読まないとという話しをする。

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