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2014年5月26日 (月)

「歴史の細部に神は宿る」ーー歴研大会全体会(1)

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桂の木。自宅近くの小川へりの桂。桂に月が宿るというのは、カツラの木の、こういう密集した枝の中に月が隠れてしまうというイメージだと思う。「槻」の木というのも同じ枝振りのところがあるのではないかと思うが、これは確証・傍証をまだえていない。

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 下に掲げたのは有名な青木繁の「わたつみのいろこの宮」の絵。『古事記』によると、竜宮の門前の「湯津香木」(神聖な桂の木)の上にいたとある。しかし、これは「桂」になっていない。幹は横縞だし、葉は海藻のようだ。

 これは青木の仕事の評価とは別のことであるが、しかし、歴史学からみると、これは「細部に神は宿っていない」絵の例であるということである。微視的な視点が正確ではないというのは歴史学にとっては気になる問題である。

 青木の仕事は神話絵絵画の初期の例だが、神話絵画は、「皇国史観」全盛とともに非常に好まれるようになった。興味深いのは、第二次大戦前に製作された神話画はそれなりに考古学の成果をいかしていたということである。船などは考古学的な発掘情報、「はにわ」などにもとづいて作成されたという。考古学のなかでは、そういう絵の素材を提供することを好む心理もあったようである。
 
 しかし、それらは現在からみると、おそらくすべて「神は宿らない」絵であることは明らかになってしまった。


「歴史の細部に神は宿る」ーー歴研大会全体会(1)

 いま総武線車内の朝。昨日に続いて歴史学研究会出席。昨日は「中年」グループでのんで楽しく。関西から定年で帰ってきた高校の先輩ともばったり。「命の碑」は30部ほど購入してもらう。今日は近世史部会に顔をだして、買ってもらい、その後、特設部会「史料保全から歴史研究へ」で購入を御願いするつもり、リュックが重く、それを軽くして帰れるかが問題。

 昨日の総合部会全体会は面白かった。大黒報告「文字のかなたに声を聴く」、岩城報告「歴史資料としての手紙の可能性」、今野報告「<歴史教師>の不在」というラインナップで、大黒報・岩城告と今野報告がどう討論でマッチングするかが心配であったが、さすがに歴研で、最後にうまく問題がつまっていく。とくに私は専攻の時代が同じなので、今野報告に感動。彼は、殺生禁断論で修士論文を書いていて、歴史教育論を彼が強調する気持ちのようなものがわかる。

 三報告を通じて問題にされたのは、歴史認識の方法論の問題。古い言葉だと「歴史の追体験」ということ。人々が歴史を追体験するということを歴史学者が歴史史料を調査・研究して経験することをだぶらせてとらえるという方法意識についてであったと思う。それは一種の超越的な経験で、「ここではないどこか」に自身を連れ去っていくという経験のあり方である。逆にいえば、過去への超越、人間の記憶の下部構造への超越であるから、三木清流にいえば基礎経験ということになる。

 そういう事情が大黒報告では「彼方に声を聴く」、岩城報告では「公文書ではみえない生々しさ」、今野報告では「見えないものをみる」という言い方でいわれていた、

 ただ、追体験という言葉はさすがに古く、私などだと色川大吉や橋川文三の世界。私は、そういう歴史認識のあり方を重要だとは思うが、しかし、法則認識をふくむ歴史認識への回路が取りにくい言葉である。これの代わりに私は遡及的認識という言葉を考えている。過去を認識することによって、過去へ自分を連れ去ることによって現在へはね返る認識という意味。過去へ遡及することによって、そこに現在の問題の根を発見し、それによって現在を相対化する。それを過去に仮想的に身をおいてみて現在を超越する。そしてそういう経験を媒介にして現在のなかにより深く入っていくというようなこと。私は、その意味でなら、クローチェ的命題「すべての歴史は現代史である」をみとめている。

 呑んでいる時に話題になったのは「神は歴史の細部に宿る」という言葉。この言葉についての否定的意見があった。細部のみを大事にしている若手研究者がふえているのではないかということ。これは事実であるが、これは研究史の必然であり、しかもわれわれ自身がそういう状態をつくってきたというのが、私などの自己認識。

 しかし、ここでの問題はそれを越えて、「神は歴史の細部に宿る」という言葉の解釈である。この言葉は「神は歴史の細部に宿る」、つまり神の姿の片鱗が歴史の細部のなかに現れることである。神を歴史のなかに発見することということのベースにあるのは、歴史を我々の手から離れた存在として観照することであろう。討論で戸辺氏がいっていた言い方だと、そこに「所有」できないものとしての歴史があらわれるということである。どこへ進むともみえないとしても、我々すべてを押し流しているものがあるという認識である。それを前提にして神の片鱗を発遣する。歴史のなかに神の人格の片鱗を発見すること、よし正確な言い方をすれば、歴史の客観性(神)を具体的(人格として)に認識することがすべての基礎となる。現在にいたる歴史的条件を正確に認識すること(いわゆる法則認識)は、この発見と超越なしには生まれない。

 それに対して、呑みながらK氏がいった否定的な意味での「神は歴史の細部に宿る」というのは、歴史の細部をみる自己自身を神としてしまうことである。これは、この著名な命題の誤解であると思うが、細部に入りこむことは自己を「無」とすることであるが、その経験から現実に立ち戻るとき、自己を相対化できずに自己を「神」としてしまうという錯誤の道である。「歴史の細部に対して自己が神であるかのようにそびえ立つ」ということであり、これは実際上は、歴史の自己の恣意の下に置き、歴史を断片化して「所有」してしまうという倒錯である。このしばしば沖がちな倒錯。

 この問題は以前の記事に書いた「遡行的な歴史認識が、同時に微視的な認識を必須のものとしている」という事情にかかわっているが、くわしい展開はまた別の機会として、全体会の話にもどる。
(この項目続く)


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