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2014年7月24日 (木)

地震火山108災害文学としての『方丈記』、朝日カルチャーセンター

 明日は新宿の朝日カルチャーセンターで講演である。「『方丈記』と水」というテーマで、『方丈記』の災害文学としての側面を考えるのは重要なので、御引き受けした。

 昨日から準備をはじめて、だいたいできつつある。パワーポイントのデータをうつして若干の感想を書く。私は堀田善衛をよく読んだので、逆に堀田の『方丈記私記』をいつまでも褒めていられるか、歴史家にも一分の魂と考えてきた。そういう心理の下で、「平安時代末期の地震と龍神信仰」(『歴史評論』2012,10)を書いた。

 そして、必然的に、この論文では評価の高い『方丈記』の文章を災害にそくしてテキスト批判するという立場から、長明の見方を相対化しようとした。今回は、さらに相対化したいと思って昨日からやってきた。

 堀田善衛の『方丈記私記』で感心したのは、右の論文でも書いたが、堀田が長明は「家、住居というものに異様なほどに興味のある人」であり、無常どころか、現世への執着が深かったという指摘である。これは浅見和彦氏がさらに具体的に論証しており、確実な論点である。私も、右の論文で「『方丈記』が「家」というものについての偏執にあふれている」「彼にとっての執念は、都における賀茂社の神主としての身分に照応する居宅をもつことにあったに違いない」と書いた。

 ただ、今回考えているのは、長明は「家」と同時に「地」そのものへの驚異のようなものを考えたのではないかということである。つまり、下記のように繰り返される「地」という言葉である。ここに長明は一種の地盤喪失、ボーデンロースの感情を表現しているように思う。


遠き家は煙にむせび、近きあたりはひたすらほのほを地に吹きつけたり。
軒を爭ひし人のすまひ、日を經つゝあれ行く。家はこぼたれて淀川に浮び、地は目の前に畠となる。
所のありさまを見るに、その地ほどせまくて、條里をわるにたらず。北は山にそひて高く、南は海に近くてくだれり。
むなしき地は多く、作れる屋はすくなし。
元より此處に居れるものは、地を失ひてうれへ、
國々の民、或は地を捨てゝ堺を出で、或は家をわすれて山にすむ。
はしり出づればまた地われさく。
四大種の中に、水火風はつねに害をなせど、大地に至りては殊なる變をなさず。


 そして、この「地」は網野善彦のいうところの自然としての大地であり、古語でいえば「な」である。「ナは土地、ヰは居。本来地盤の意。なゐ震り、なゐ揺り、で地震の意味であったが、後にナヰだけで地震。ナは満州語na(土・土地)と同源」(『古語辞典』大野晋、岩波書店)ということである。「なゐふる」が地震だったが、「なゐ」だけで地震という意味となった。これは自然としての大地を考えるとき、人々が古語をつかったということであろう。


 しかし、逆にこう考えてくると、やはり『方丈記』の評価が自分のなかで上昇してくるのを感じる。
 問題の部分を全部引用する。
 これを読むと、日本社会は、現在も変わっていないのではないかという感が深い。

 「人皆あぢきなき事を述べて、聊(いささ)か、心の濁りも薄らぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、言葉にかけていひ出づる人だになし」ということにならないように、そして、いまでも長明のいうような社会的格差がかわっていない状況は、災害の関係ではどうにかするのが歴史的な経験を大事にするということであると思う。


 こう考えると、『方丈記』はやはり中学校で教材にしなければならないものだと思う。『竹取物語』はフェミニズム。『方丈記』は災害の感覚の問題であろう。

また、同じころかとよ。おびただしき大地震(おおない)ふること侍りき。そのさま世の常ならず。山崩れて、川を埋(うず)み、海はかたぶきて、陸地(くがち)をひたせり。土さけて、水湧き出で、巖(いはお)割れて、谷にまろび入る。渚こぐ船は、浪にたゞよひ、道行く馬は、足の立處をまどはす。

都の邊(ほとり)には、在々所々、堂舍塔廟、一つとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。塵・灰立ち上りて、盛んなる煙の如し。地の動き、家の破るゝ音、雷に異ならず。家の中に居れば、忽ちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならばや、雲にも登らむ。おそれの中に、おそるべかりけるは、たゞ地震(ない)なりけりとこそ覺え侍りしか。

 かくおびただしくふる事は、暫しにて、止みにしかども、その餘波(なごり)しばしは絶えず。世の常に驚くほどの地震、ニ・三十度ふらぬ日はなし。十日・二十日過ぎにしかば、やうやう間遠になりて、或は四・五度、ニ・三度、もしは一日交ぜ(ひとひまぜ)、ニ・三日に一度など、大方その餘波、三月許りや侍りけむ。

 四大種の中に、水・火・風は、常に害をなせど、大地に至りては、殊なる變をなさず。「昔、齊衡の頃とか、大地震ふりて、東大寺の佛の御頭(みぐし)落ちなど、いみじき事ども侍りけれど、猶この度には如かず」とぞ。すなはち、人皆あぢきなき事を述べて、聊(いささ)か、心の濁りも薄らぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、言葉にかけていひ出づる人だになし。

 すべて世の中のありにくく、わが身とすみかとの、はかなくあだなる樣、又かくのごとし。いはんや、處により、身のほどに隨ひつつ、心をなやますことは、あげて數ふべからず。

 もし、おのづから身かなはずして、權門のかたはらに居る者は、深く悦ぶことはあれども、大いにたのしぶにあたはず。歎きある時も、聲をあげて泣くことなし。進退やすからず。立ち居につけて、恐れをのゝく。たとへば、雀の鷹の巣に近づけるがごとし。もし貧しくして、富める家の鄰に居るものは、朝夕すぼき姿を恥ぢて、諂ひつゝ出で入る。妻子・童僕の羨めるさまを見るにも、富める家のないがしろなるけしきを聞くにも、心念々にうごきて、時として安からず。

 若し、狹き地に居れば、近く炎上ある時、その災いを遁るゝことなし。もし、邊地にあれば、往反わづらひ多く、盜賊の難はなはだし。また、いきほひある者は貪慾深く、ひとり身なる者は人に輕めらる。寶あれば恐れ多く、貧しければ恨み切なり。人を頼めば、身他の有(ゆう)なり。人をはぐくめば、心恩愛につかはる。世にしたがへば、身くるし。したがはねば、狂せるに似たり。いづれの處をしめて、いかなるわざをしてか、暫(しば)しもこの身をやどし、玉ゆらも、心をやすむべき。

さて、しかし、カルチャーセンターでのお題は「水」なので、これからもう一がんばりである。

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