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2014年7月 8日 (火)

日吉大社、牛尾山紀行(1)

牛尾山紀行(1)
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 いま京阪電車の石山の駅である。7月7日
 いまから日吉大社の牛尾宮へ行く予定。牛尾山は神体山だが、「観光案内」だと登れるようにも見えるので、ともかく山腹までは行ってみようと思う。

 昨日、研究会で近江地震と日吉社神体山という報告をした。

 報告の中心は平安時代から江戸時代初期までの近江地震の史料を列挙して、これまでの地震学の研究に若干のことをつけ加えるという点にあった。二〇〇年から三〇〇年の間をおいて近江の各地の断層が動いて京都・山城をふくめ大地震が起こるという地震学では常識的な事実をおってみたというものである。ただそれだけでは能がないので、その最後に日吉社の神体山が地震の神の宿り場所と考えられていた可能性を論じた。これは基本部分はすでに活字にしたものなのでかかげさせていただく。

 電車は粟津・膳所・石場など歴史家にはなじみで、いろいろな想像の浮かぶ駅を通って、いま、浜大津。叡山大津神人の本拠である。次は三井寺。できれば帰りは三井寺にも参詣したい。

 空は曇天。京都側の山には雨雲がさがってきている。本当は自転車をレンタルして走るつもりだったが、この梅雨空のなか、とても無理である。


  一〇九五年(嘉保2)に八月に京都で「大地震」。九月には、時の天皇の堀河の周囲に物恠が跳梁し、「咳病」から「不予」。この時、堀河が祇園社に立願している。一〇月には叡山が美濃国司源義綱を訴える日吉社神輿の「動座」をともなう最初の嗷訴に突入するという大事件。日吉神輿の動座の最初。これに対して義綱を保護していたと思われる関白師通が「まったく神輿をはばかるべからず」という強硬姿勢をもってのぞんだために、武士が矢を放って神輿と神人を傷つけたことが山僧・神人の激昂を呼ぶ。これを伏線として、一〇九六年(嘉保3=永長1)、永長大田楽の熱狂が導かれた。この年、二月に地震があり、五月頃には旱魃と疫病の流行が始まっている。
 こういう事態のなかで、『源平盛衰記』(巻四、殿下御母立願の事)は右の叡山神人の負傷事件にふれて、叡山の衆徒が近江坂本にくだって七社の宝前で祈祷をし、八王子の前で師通に対して「鏑矢一つ放ち給へ」と祈祷をしたところ、八王子「御神殿より鏑箭鳴り出でゝ、王城を指して鳴行く」。「去る程に、関白殿の御夢御覧じけるこそ恐しけれ、比叡の大嶽頽れ割けて御身にかゝると覚え、打驚き給ふて浅猿と思し召す処に又うつつに東坂本の方より、鏑矢の鳴り来たって御殿の上に慥に立つとぞ聞こし召されける」。これによって髪の生え際に悪瘡ができ、これに対して、母の麗子が祈祷をし、八王子から「二年の命を奉る」(『平家物語』(延慶本)では三年)という示現をえたという物語を作りだしている。また『平家物語』(延慶本)では「山王」に憑依されて麗子に託宣をしたのが陸奥国からのぼってきた童神子とされているのも興味深い。
 そして、師通は、一〇九九年に寿命が尽き、1099年(承徳三)一月二四日の南海地震の直後、二月から「風気」を発して調子を崩し(『後二条師通記』二月二四日条)、三月下旬になって発病して、六月に死去したというのである。
 この師通が地震の地霊にやられたという伝承が、次のように語られているのが興味深い。『源平盛衰記』(巻四、殿下御母立願の事)
「比叡の大嶽頽れ割けて御身にかゝる」
「関白殿薨去の後、八王子と三の宮との神殿の間に盤石あり、彼の石の下に雨の降る夜は常に人の愁吟する声聞へけり、参詣の貴賤あやしみ思ひけり、餘多人の夢に見けるは束帯したる気高き上臈の仰には、『我はこれ前関白従一位内大臣師通なり、八王子権現我魂を此岩の下に籠め置かせ給へり、さらぬだに悲きに雨の降る夜は石をとりて責押すに依て其苦堪え難きなり』とて、石の中に御座すとぞ示し給ひける」
『山王霊験絵巻』(第十二紙、詞書)
「八王子・三宮のあはひに磐狭間とて大なる巌あり、雨の降る夜は、かならず人の叫ぶ声聞こゆ。上下あやしみ思程に、関白殿束帯うるはしくて『八王□□□□のここに戒めおき給へるが、雨の降る夜は石のふとるによりて、その苦しみたへがたし、ただし其時も□□□□講(法華講)をきくにぞ、苦しみいささか軽む』と人の夢に見えたまひけり」。「駿川国大岡庄の役にてはじめおかれはじめし」
 牛尾山は標高三八〇メートルであるが、いわゆる神隠型の山であって、山頂に露出した岩盤は信仰と祭祀の対象であって、八王子宮には大山咋神、三宮には妃の玉依姫が鎮座している。前者の大山咋神は大国主命と同体とされる大物主神=大年神の御子神の系譜の中に「亦ノ名は山末之大主神。此ノ神は近淡海国之日枝山に座し、亦葛野之松尾に座す」と登場する。ようするに地震の神、オオナムチの分身なのである。

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