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2014年9月28日 (日)

地震火山、111御岳の噴火と天孫降臨神話と

 木曽御岳の火砕流の画像をみた。
 先週の金曜日に世田谷市民大学で火山噴火の話をしたのちなので、驚く。

 高千穂への天孫降臨神話に「うきじまりそりたたして」という言葉がでてくる。
 これは難解をもって知られるが、噴煙や火砕流の動きを表現するものだと講演で話した。
 つまり、「浮いたり縮んだり、反り返ったり、立ったりして」という意味であって、これは火砕流の動きを描写した呪文であるというのが、私見。

 御岳の噴煙と火砕流はまさにそういう感じである。

 これはすでに『物語の中世』の学術文庫版のあとがきで書いているが、若干の説明をすると、全文は、「天の浮橋にうきじまりそりたたして」というもの。天の浮橋とは、「大きな岩石を天への梯(橋)とする観想」「岩石から思いついた(中略)天界と地界をつなぐ一種の梯」「聳え立って空裡にかかる岩石などからの示唆であるとすべき」というのが神話学の松村武雄氏の古典的な見解(『日本神話の研究』)である。
 松村武雄さんの意見は、天孫降臨神話には火山噴火神話の反映があるという私説に唯一適合的なものである。
 
 暗黒の噴煙と稲妻が山巓に接触し、そこから長大な岩梯子が天界に登り、また山腹にまで降りてくるという幻想。天の浮橋とは火砕流、溶岩流であり、それが山巓から噴煙につながっている様子というイメージとなる。

 天孫降臨」は火山神話の表現と考えるので、その詞章にでる「八重たな雲」とは、巨大な噴煙による暗黒を表現したもの。棚雲とは一面に広がっていく雲で、たとえば「時に、天暗冥く、夜昼別かず」(『日向国風土記』高千穂神話)などとあり、八六四年の富士の大噴火でも「地は大震動し、雷電は暴雨のごとく、雲霧は晦冥にして、山野も弁じがたし」(『三代実録』貞観六年七月十七日条)となる。火山灰の黒雲によって地上はまっくらになるというのは、昨日の噴火を経験した人たちがこもごもかたっていることである。

 なお、天孫降臨神話のもう一つの難解な詞章、「いつのちわきちわきて」(「稜威之道別道別而」)は、火山雷の表現である。「いつ」は「厳」の「いつ」。「ち」は漢字の表記通り「道」、「わき」は「分き」。
「厳しい威力をもった道が分岐し、さらに分岐して」ということになる。これは稲妻の放電が枝分かれしながら落ちてくる様子を描写したもの。火山雷のイナズマの描写。

 下記に『古事記』の関係部分を引用しておく。

 しかして天津日子番能邇邇藝命に詔りて、天の石位を離ち、天の八重のたな雲を押し分けて、いつのちわきちわきて、天の浮橋にうきじまりそりたたして、竺紫の日向の高千穗のくじふるたけ(クジフル岳)に天降り坐しき。
(『古事記』天孫降臨条)


 9世紀とくらべて火山噴火が少ないのが、現在の大地動乱の時期にとってはすくいであるが、今後どうなるのか。市民大学では、小学生のころから火山噴火の史料を教授し、漢文を読む訓練をしなければならないと思うと話したのだが。

 被害にあわれた方はたいへんであろうと思う。さらに拡大しないように。

 火山をもつ自治体にとってはショックな話であるが、研究組織を立ち上げ、安全な麓の地学現象を観察する十分な条件と機会を保証することが必要なのだろうと思う。しかし、そのためには、社会全体が火山を大事にしなければならない。まずは教育のなかで隅に追いやられている地学教育を復権することである。そして歴史火山学のような学問も十分に考えていかなければならないと思う。
 

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