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2014年10月

2014年10月31日 (金)

 沖縄の知事選が始まった。

 沖縄の知事選が始まった。
 仲井真現知事の側は全力をあげて、JA、電力総連、医師会、水産業、建設業、不動産業、電気工事業などの業界団体から指示を取り付け、県内11市の市長のうち、名護と那覇を除く9市長の指示を取り付けたという。背後にあるのは、自民党の動きである。
 とくに問題なのが、電力総連の動きである。あれだけのことをやっておいて恥じない。これこそが日本的な集団主義というものだ。
 単数を複数に直してキルケゴール『死に至る病』から引用する。
 「彼ら自身の目には自分が実際の自分よりも善いものにみえる。彼らは自分自身を誇るようになった。ところで、この誇りの気持ちからすれば、過去のことはまったく過ぎ越してしまったことにしてしまいたいのである」。あるいは、自分たち自身を誇るためには、従来の路線を続けざるをえないのである。キルケゴール的にいえば、自棄と絶望の相乗によって前進感覚をえるという訳である。それのみが救いのようにみえるのである。これはしかし、自棄と絶望の道だ。
 悪の集団主義の現象学のようなものが必要なのであろう。
 この集団主義は「悪」というものを見えなくする。
 

2014年10月29日 (水)

網野さんと「進歩」について

 網野善彦さんがなくなってから10年になる。昨日、網野善彦さんについての座談会にでた。一昨日が病院で時間がなく、頭もまとまらず、しかも出がけに作っておいたメモを自宅においてでてきて、彼女に後をおっかけてきてもらうという体たらくで、どうしようもない。
 しかし、ともかく語り合ってよい経験をした。

 考えたのは「網野さんと『進歩』について」ということであった。網野さんはいわゆる進歩という用語は拒否される。もちろん、どこかでいわれているように、それと「真の進歩」を区別するという点では古典的な御考えであるが、しかし、これは歴史像の問題としては、たとえば大化改新、鎌倉幕府成立、織豊政権、明治維新などを「進歩」といってしまうことに対する拒否であろうと思い至った。とくに意外と網野さんにとって大きかったのは「明治維新」を進歩とみる考え方で、マリクレールでの中沢新一氏との対談では「明治の権力と江戸の権力は表面的には非常に異なっているようにみえるけれど、それを支えている社会の構造は案外通じている」といい、成田龍一氏との対談では「明治の時代に近代化を進めたとして高い評価を与える考え方には大きな問題がある」といっている。私もこの点は賛成である。「進歩」という事柄についてどう考えるかは方法論などによっていろいろな考え方はあるが、しかし、具体的な歴史像の問題にからまる「進歩」幻想は厳密に払拭するべきであるというのは歴史学全体で共有できると思う。

 成沢光氏は、現代の世俗社会の生活秩序の起源は江戸中期までさかのぼることができるとしている。江戸期における社会集団の均質化が「近代化」を支えたという訳である。これは網野さんの見解に通ずる。実際に、明治維新によって変化したのは、国制レヴェルでいえば、膨大にふくれあがっていた幕府宮廷の合理化(異様に大きい後宮・「大奥」)と地方藩権力の自律性の抑圧であろう。絶対主義とは宮廷の簡略化と中央集権化であり、それを成り上がり官僚が誇らしげにになるというのが維新のベースとなった信条であろうと、私は思う。

 もちろん、私も、絶対主義規定をそのまま繰り返そうとは思わないが、しかし遠山茂樹さんの議論を参照するまでもなく、明治維新を決して進歩とは言えないということこそ講座派以来の歴史学の常識なのではないのだろうか。絶対主義規定は、平川新さんが強調するように、江戸期国家が小帝国であったという意味での帝国性との関係でもまだまだ検討するに値する議論であると思う。とくに維新政府による沖縄とアイヌに対する抑圧の位置はきわめて大きかった。こういう形で明治国家が形成されてきたという側面は強いように思う。

 もちろん、資本主義が発達したではないか、江戸時代=封建制、明治時代=資本主義というのは無視しがたいではないかというのが絶対主義規定を放棄した近代史学界の普通の考え方であろう。しかし、そういう考え方は資本主義の「私的性格」というものを見誤っている。つまり、資本主義は世界史上、もっとも集団的な生産様式である。きわめて国家的・集団的な社会構造であった江戸期の生産様式と資本主義の集団的生産様式の側面はうまくくっついたのである。私は近代化を私的関係の発展に等置し、それが日本の江戸時代では進んでいたから東アジアと違って資本主義が発展したという、一時期の「近代化論」の立場はとらない。また農奴から労働者への直接転化であるというような一時期の封建制論をそのまま取ることもできない。資本主義的生産様式の発展は、江戸期の集団主義支配の形態転換の側面があったことは確実であろうと思う。明治資本主義の特徴は、資本制生産様式の「私的な」性格一般に解消することはおそらくできない。その私的性格は、集団主義の利用にもとづく無責任資本主義の上にできあがったものだと思う。これが日本のブルジョアが官僚性という形での自己規律のみに依存して、文化性を欠如する側面が大きかったことの背景であろうと思う。

 福沢は封建制は親の敵であるといったが、彼らは幕府の巨大な宮廷(後宮)を破壊し、藩閥政府を破壊すれば満足であった訳である。彼らの理想はせいぜいその程度に過ぎない。これと対比すれば、明治国家こそが親の敵であろう。日本の社会構造の問題性と資本主義の利潤優先の性格を最悪の形で結びつけたといわざるをえないところがある。それでもよい意味でのブルジョアに江戸期の文化が残っているうちはよかったが、それが消えていくとともに、日本の世俗的な集団主義、横並び主義が満面開花していく。この国家と世俗的な集団主義を成り上がり官僚の無知と一部の人々の私利私欲で固めたシステムが日本社会を戦争に突入させたのであろうと思う。

 日本の資本主義はなぜだらしがないか。いまになっても目先の利益に目をくらませて原発を維持しようとするだらしなさと無知蒙昧と、ののしりたくなる。しかし、歴史的に考えれば、これは豊かな東アジア社会に資本主義がぶち当たったときの歴史過程に根をもっているに違いない。アジア的雑踏とアジア的な巨大都市というものは、アジア社会の責任ではない。それは非西欧社会が資本主義的生産様式の侵入をうけたときに生まれたものである。

 なお、網野さんの議論で残っているのは、神祇と神道の評価であるというのが、私見。日本では集団主義の問題とともに、神道的な自然崇拝の伝統が強く、これが逆に自然の聖化=自然へのタブー=自然への無責任という形で展開する上で、資本主義の悪影響を決定的なものにさせたのであろうと思う。こういう意味では神祇の問題は大きい。
 原発などというシステムは、なぜ、日本資本主義の経済活動が自然に対して本質的にだらしないかという問題でといていくべきものであるように思う。日本資本主義のだらしなさという特徴をもった「私的性格」はこういうものだ。

 網野さんがなくなったあとの対談で、成田龍一氏が「私は、網野さんは近代の国民国家の問題を素通りしていると思っていたが、網野さんは近代をそんなに重要な時代と考えていないのではないかと思い至った」と述べている。こは重要な指摘で、れようするに問題は「絶対主義規定」といわゆる国民国家論との関係にすべては帰するのではないかと思う。

2014年10月24日 (金)

ペシャワール会のホームページで中村医師の報告が新しくなった。

 ペシャワール会のホームページで中村医師の報告が新しくなった。
 昨日までは3月の報告であったが、さっき見たら5月の報告が掲載されていた。
 http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/site/dr_works_index1.html
 毎日、少しずつ読もうと思う。
 本当に励まされる。かくてはならじである。
 中村医師の話を千葉で聞いたことがある。
 その時、いまアフガンで使っている技術が、日本の江戸時代の斜め井堰だときいて感動した。今回の記事でも、中村医師は、用水路建設において決定的なのは、取水技術、「斜め堰」といわれている。そして「気候変動に適応できる取水技術」を広めることを目的とするとある。

 すべてが終わったら、安良城盛昭氏の太閤検地論の再検討をするというのが、私の夢で、それは江戸時代をふくめた歴史の見直しの基礎である。その最終的目的は、やはり前近代技術史と農業史ということの積もりである。

 

2014年10月22日 (水)

「運・鈍・根」--「じょうぶな頭とかしこい体」

昨日は吉祥寺の明星学園中学で「出前授業」。

 相手は中学二年生で、中学生相手などに話したことはないので、準備が一昨日の夜にまで食い込み、苦し紛れで、運・根・鈍と「人生」という話を結論部に用意していった。

 この「運・鈍・根」という話は竹内理三先生が、私の先輩の結婚式で話されたこと。歴史家に必要なのは、「運・・鈍根」であるという話である。それと五味太郎のいう「じょうぶな頭とかしこい体」というテーゼをまぜた話。歴史学という学問への誘いのような話もしてほしいということだったので、用意しておいたのがよかった。
 最初に言ったのがだれなのかは知らないが、人生で大事なのは「運・根・鈍」であるという話である。

 一番目に大事なことは「運」である。人生のほとんどは運で決まる。これはその意味では平等なもので、誰にでもめぐまれる。恵まれた場合に、その「運にこたえる」には、反応力が必要で、その基本は、自分の身体にある。つまり身体の調子を知っていて、身体を大事にしていること。強くなくてもよいから「かしこい身体」をもっていること。これがないと反応ができない。
 同時に、環境の自然を知っていることも必要で、自分の部屋をうまく整理し、自分の家をうまく整理し、社会への通路や職場の環境をよく知っていることが必要になる。これは自分の周りの自然に責任をもっていることである。これは自然を大事にというお説教ではない。自分の周りの自然を知っていることで人間がもてる力というものがある。この環境の自然というのは社会的な環境になってしまった自然も含む。交通路の危険や、起こりうべき災害についての自然をも含むということになる。
 みんなで自然(人の身体、環境的自然)を大事にして責任をもっている。身体と環境の平等。ここは平等である。平等というのはそういうことで、ウェーバーのいう「機会の平等」である。それが社会にとっての平等の出発点である。もっているものを平等にするとか、能力の平等だとかいうこととは違う。そういうことは不可能である。
 災害が起きた場合にその「不運」は分け合い、必要な支えをするということであり、また「不運」にも病気になった場合もささえあうというのが平等な社会である。こういう社会を作ることへの合意がどうしても必要である。

 二番目に大切なことは「根」である。これは根性。これは耐える力で、身体は堪える力をもたない。我慢をするのは身体ではなく、頭である。人生を決めるのは結局、「かしこい頭」ではなく、「丈夫な頭」である。時間に耐える力。頭は本来かしこくないが、耐える力はもっている。
 自分をかしこいと思えないと言うのが賢さ。賢さとしいていえば、それは過去への賢さ。内省と反省。そして前を向けるかどうか。あきらめられるかどうか。許しを乞えるかどうか。「打たれ強い」かどうかという問題である。 これは社会にとっては、過去を内省し、ゆとりをもって、時間をかけて蓄積する力である。「丈夫な社会」というのはそういうことで、過去を内省し、前をむけるということであって、これが「明るい社会」である。
 これは歴史学の独自な責務に深く関わってくる。

 その上で、三番目に大事なことが「鈍」である。これは一言でいえば居直りということ。「個人」ということ。個人として自分のなかに沈潜してしまって外部に対しては「鈍」になるということである。一種の外部遮断である。
 より端的な言葉でいえば、居直ってしまうということである。居直ってしまうというと「行儀が悪い」ということと混乱するが、ここで「居直る」というのは第一に「居ずまい」をただすということであって、第二に覚悟を決めるということである。個人はみんなとは違う。絶対に横並びにしない。付和雷同を嫌うという神経である。社会には、集団というものはない。個人がいるだけ。人間の意識は個人の脳髄にしか宿らない。テレパシーはない。集団というのは代表されることはできるが、それは部分的なことについて可能であり、特定の人間が全体を決定的に代表する、集団を構成する諸個人の全人格を代表するということはありえない。代表性はすべての個人がもっているのである。
 人間は、身体的・社会的自然を共有しているが、あくまでも個々人で自然とは関わっている。そしてそれらの自然の中には永遠の時間が露出しており、をもっている。その永遠を感じると言うことが、外部に対しては「鈍」になるということである。一種の外部遮断であり、トランセンデンシャル、超越論的な立場、もっともよい意味でのメタフィジクである。マルクスはスピノザについてふれた手紙で「万物を永遠の相で眺めれば心は休まる」と述べているが、たしかに人間にとっての哲学的意識とは、具体的生活からの離脱による「永遠の相」の直感であって(全集二九巻、四三八頁)、その世界のなかに入れば時は止まる。
 
 竹内先生は「運・鈍・根」といわれたが、上記は「運・根・鈍」の順序に変えた。歴史学は、学問全般と同様に居直るためにあるということで、歴史学への誘いとして。
 
 以前、東大のプロジェクトで小学校への出前授業ということをやったが(PWがslideshareにのっている)、こういう学者が小学校・中学校・高等学校にいって授業するというのは面白いし、有効なことだと思う。国立の大学でやるのは報償を教員にだせないが、かわりに図書費・研究費を配分するという方式をきめればよいと思う。
 どの小学校・中学校・高等学校でも、教科毎に毎年一回は、この種の外部授業があるということにすれば、学界と教育界の垣根は一挙に縮まるだろう。そもそも学者と教師は根本的には同じ職業だから、これはそういう意味でもよいスタイルの交流だと思う。そんなにお金もかからないから、政府・自民党のお馬鹿さんたちがやろうとしているという「道徳」――こういうのは道徳のない人たちがやっても何の意味もない――よりも金はかからず、一挙両得の方策だ。

 御題は「地震火山列島の歴史を考える」ということで、話しているうちに、相手の中学生の二年の少年少女が、深刻な顔になりはじめて、これはたいへんにこまった。一学年四クラスなので、二クラスづつに分けて、二回、同じ話をしたのだが、一回目は、これはどういう方向に話を落着させようというので迷った。
 そこで二時間目は、話のスピードをあげて、用意していた上の「運・根・鈍」という話に十分に時間をとった。
 災害史というものを考えるためには、「永遠の時間、長い時間」というものが、現実世界に存在するということを伝える必要があるということなのだが、さて、この趣旨が曖昧にでも伝わったかどうか。本当に授業というのはむずかしい。

 本当に久しぶりに井の頭公園を通った。楽しみにしていったのは、井の頭公園に臨むマンションを確認することであった。行きに歩いていって、たしかに思っていた位置にマンションがあるのを確認した。
 私は国際キリスト教大学の卒業なので、井の頭公園はよく知っている。そして、大島弓子さんのマンガが好きなので、彼女の『サバのいた夏』などの猫シリーズの舞台になったマンションが、たしかにあそこら辺にあったという記憶がある。けれども、彼女のマンガを読むようになったのは5年ほど前からなので、記憶のイメージとマンガのイメージが現実のものとして結びつかない。しかし、それがたしかに結びついた。

2014年10月 9日 (木)

神話論について講演の準備。

 神話論について講演の準備。
 基本的な考え方は提示しておいた方がよいので、下記のようなメモを作った。
 「人類史は成熟の季節に入らなければならない」というのは網野さんの言い方で、たしかに人類史のこれまでをいわゆる「前史」として考えるという視野は重要であろうと思う。そうなると、人類史の前史のなかでは「神話時代」の時期がきわめて長かった。

(1)歴史は学ぶものー御自分の疑問は学界にとっても疑問である場合が多い
過去の歴史はわからないことが多い。それはまずは昔の社会が(現在と同じように)あわただしく経過していたためである。しかし、すでにそのようなあわただしい歴史の作り方は許されなくなっている。過去をよく知ることが未来の前提である。
しかも、歴史学を含む社会科学や人文科学のみでなく、自然科学の力によって過去を新しい形で知ることが可能となっている。それによってすべてを白日の下でみること。これを躊躇してはならない。

(2)人類史の成熟の季節?
人間の作りだしたものによって世界が破壊できるほどの状況が生まれている。歴史と自然に対する責任をふまえ、過去の事柄を正確に偏見なく、事実に即して理解することが成熟した社会のために決定的に重要になっている。人類史は成熟の季節に入らなければならない。
そのための歴史文化というものを考える。


(3)神話を読むときの感じ方について
宗教的心理、呪術的心理を自分で経験しなければならない。けれども研究する場合は、それを外側から冷静に観察する目をもたなくてはならない。原始宗教や呪術を自分で信じようとするのではない。それは無理。むしろ自分を実験台にして観察すること。神話的心理というのは人間に通有のものでその意味では自分を実験台にできる。
童話やファンタジーを読むこと。

(4)神話研究の手続きーーあくまでも事実を重視
次ぎに重要なのは、神話の分析においては、なによりも事実を大事にすることが必要だということである。
手続きとしてはまず神話世界内部の事実の確定から進む。
第一が祭祀、制度と呪術組織、呪術の内容。
第二が神名、言語分析。
第三が神名分析を前提とした神格、
第四が神話それ自体の分析
その上で、経済的・社会的・文化的・政治的な諸事実との照合に進む。

(5)神話の研究はむずかしいーーあくまでも補助線
逆にいうと、神話の分析は、事実分析のための補助線を引くことができるかも知れないが、それだけでは事実を確定することはできない。歴史を考える本筋が神話研究であるとはいえない。

(6)神話と過去への内省
1946年1月1日昭和天皇の詔書。神話は過去において政治的に利用された。政治利用とは、文化ではなく「架空ナル観念」(虚偽)として利用されたということ。この過去を明瞭に内省しておくことが必要。
「朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ」 、

2014年10月 6日 (月)

北星学園大学を応援する「負けるな北星!の会」にj賛同。

下記の要請を知りました。
大学側の声明を読みましたが、筋の通ったものでした。

北星学園大学を応援する「負けるな北星!の会」(略称マケルナ会)賛同人のお願い

「負けるな北星!の会」発足記者会見のお知らせ
 
日時:10月6日午後2時~
場所:衆議院第1議員会館地下1階第6会議室 
    (千代田区永田町2-2-1)
出席者(会の呼びかけ人)
山口二郎(法政大学教授)
原寿雄(ジャーナリスト)
桂敬一(元東大教授) ほか

  本会は、北海道札幌市にある私立北星学園大学に対する、ネット右翼などによる爆破予告などの脅しを受け、学園を孤立させず、大学の自治、学問の自由を守り、ひいては民主主義を健全に育てるべく、6日発足する全国の市民有志の会です。
 すでに一部報道されていますが、北星学園大学に対する攻撃は、日本軍慰安婦報道に関わった元朝日新聞記者が、非常勤講師として勤務していることに端を発しています。大学に対する脅迫はメール、電話で今春から執拗に始まり、「講師をなぶりごろしてやる。辞めさせなければ、学生を痛い目にあわせる」という脅迫にまでエスカレートしています。また講師本人はもとより、高校生の長女がネットに氏名、写真をさらされ「自殺においこむ」と脅され、長男の高校の同窓生が、人違いで写真をネットに載せられ「売国奴のガキ」などと攻撃されています。
これは単に、一大学、一個人の問題ではないと考えます。事態を憂慮した上田文雄市長は、「北星学園に屈しないようエールを送りたい」と、札幌市議会代表質問の場で答えています。上田市長にはその後、当会の活動に賛同していただいています。
 当日は配布する資料とともに、「負けるな北星!の会」の状況ともども説明いたします。 民主主義の根幹である報道に携わる記者の皆さんが、多大な関心を寄せてくださることを願っています。                    
賛同人になっていただける方は、

①名前
②肩書き(現職、元職、主婦など)
③都道府県(道内なら市町村)
④名前公表の可否
⑥メールアドレス
⑦電話番号

を記し、会のメルアド makerunakai@yahoo.co.jp まで御連絡ください。

2014年10月 5日 (日)

米田佐代子先生の御元気そうな写真

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米田佐代子先生が御元気そうである。
もう先生と呼べる人が少なくなってしまった。米田さんのブログをみると年を取ったとあるが、そんなことはない。御元気そうである。先生を「私の好きな」という項目に入れるのは、恐れ多いが、けれども、私は大学院の時代から、変わらない米田さんのはっきりとした発言と声が好きである。
最近、米田さんの平塚らいてう論を読んだ。らいてうの自伝を『日本史の30冊』に入れる予定なので、米田さんの大著を読んだのである。
下記が記事。

 「河野談話」は「吉田証言」を根拠にしていないという「赤旗」論文の指摘はその通りで、研究者の間でも「吉田証言」は早い時期に否定されています。
 「慰安婦」問題が国際的に大きく取り上げられるようになったのは、朝日新聞の「誤報」が理由ではなく、1991年に被害者が名乗り出たことをきっかけに運動が広がったからです。95年の第4回世界女性会議(北京会議)が「女性の権利は人権である」と宣言して以来、国連でも「慰安婦」問題は大きな柱になりました。
 「女性の人権」は、後戻りできない歴史の流れです。「慰安婦」の存在すら否定するような論調は、国際社会だけでは全く通用しません。こんな発言が国内で横行するのは、都議会セクハラヤジ事件でもわかるように、日本の女性の人権保障が不徹底な証拠でもあります。
 安部内閣は「女性が輝く社会」を宣言していますが、それならまず「慰安婦」への「謝罪」と「尊厳の回復」に取り組むべきでしょう。それが日本女性の人権保障にもつながると思います。
2014,10,5 赤旗、


2014年10月 1日 (水)

キルケゴールについて

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 必要があって短期間入院していた。御岳の様子がきになるが、仕事もできず、キルケゴールの『死にいたる病』を読んでいた。

 好きな本なので、楽しんだが、気持ちを切り替えて、急いで仕事に戻らなければならない。
 
 『死にいたる病』の最初の、「人間は精神である。精神とは何であるか。精神とは自己である。しかし、自己とは何であるか。自己とは一つの関係、その関係それ自身に関係する関係である云々」というフレーズは私などの世代にはなつかしいものである。

 すでにキルケゴールのいう「追憶の幻想」あるということかもしれないが、過去の想起と幻想は撰ばれた記憶であるが、私は幼稚園がキリスト教系で、その関係で小学校の何年かを教会に通い、中学校時代も高校時代も、おののしばらくは教会にいっていた時期があり、さらに大学が国際キリスト教大学なので、キリスト教文化というものがやはり親しい。

 しかし奇妙なのは、哲学らしい哲学をよもうとしたのが、キルケゴールが先か、フォイエルバッハの『キリスト教の本質』が先かということである。

 教会の牧師室で、『キリスト教の本質』にこう書いてあったと牧師さんに話したことがあり、いま考えるとS牧師もこまったろうと思う。
 
 さて、下記はメモした、『死にいたる病』の冒頭部分の私訳である。英文とともにかかげる。

 キルケゴールの訳者、枡田啓三郎さんは、三木清の弟子なので、何となく親しみをもっている。つまり三木清全集のほとんどの解説者なので、よく読んだわけだ。
 
 桝田さんお厳密な翻訳と比べるとどうかということであるが、selfというのは「心」と訳した方がよいのではないかと思う。すくなくともわかりやすくなる。


 人間はたしかに精神的な存在である。しかし、精神とは何かといえば、おのおのがふり返ってみればわかるように、それはまずは心であろう。しかし、さらに心とは何かといえば、心というのは、人がみずからの心に結びついている関係である。あるいは、その関係において、心が心自身に結びついていることであるといってもよい。それゆえに心というのは、ただの意識の関係ではない。それは意識の関係が心自身に結びついて絡まり合っているような関係である。人間は無限と有限、永遠と瞬間、自由と必然の結びついたものであり、一言でいえば結ばれたものなのである。ただし、結ぶというのが二つの要素の関係であるというでだけでは、それはまだ人間というものではない。

Man is spirit. But what is spirit? Spirit is the self. But what is the self?
The self is a relation which relates itself to its own self, or it is that in
the relation [which accounts for it] that the relation relates itself to its
own self; the self is not the relation but [consists in the fact] that the
relation relates itself to its own self. Man is a synthesis of the infinite
and the finite, of the temporal and the eternal, of freedom and
necessity, in short it is a synthesis. A synthesis is a relation between
two factors. So regarded, man is not yet a self.

 つまり、結びついた二つのもの自体にだけ注目していると、三番目に位置する結びつき方そのものは、一つの影のような姿でしかみえない。二つのものが実態であって、それがたがいに結びついて関係ができているのだ。別の言い方をすれば、まず二つのものが結びあうなかで関係になるという訳である。たとえば、人を頭と身体の関係として考えるというのは、そういうことであって、そのとき人は結局のところは頭とその意識を中心にとらえられることになる。これに対して、逆にまず結びつき、あるいは「結ぼれ」があって、それがそれ自身の心に結合されているというように考えれば、そこでは三番目の絡まり合い結ばれたもの自体がまず目にみえる。こういうものこそが心なのである。
In the relation between two, the relation is the third term as a negative
unity, and the two relate themselves to the relation, and in the relation
to the relation; such a relation is that between soul and body, when
man is regarded as soul. If on the contrary the relation relates itself to
its own self, the relation is then the positive third term, and this is the
self.

 こういう自分自身のなかでの結びつき方としての心は、自分自身で作り出したのか、あるいは他者によって作り出されたのかのどちらかであるはずだろう。もし後者だとすれば、自身の心に結ばれたものは疑いなく独立的なもの、三番目のものとなるだろう。しかし、そうだとしても、この結ばれたものは、やはり一つの関係として、それを結びつけた他者の全体と結びついてくる。


Such a relation which relates itself to its own self (that is to say, a self)
must either have constituted itself or have been constitut140930_174131


ed by another.
If this relation which relates itself to its own self is constituted by
another, the relation doubtless is the third term, but this relation (the
third term) is in turn a relation relating itself to that which constituted
the whole relation.

 このようにして生まれ、できあがった絡み合ったものが人の心なのである。

 フォイエルバッハ・キルケゴール・マルクス・ヘーゲル・という順序で哲学書を読んだわけだが、最初に戻りたい。
彼らは近代という時代に同じことを考えたのではないかと思う。

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