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2014年12月29日 (月)

かぐや姫と神話についてカルチャーセンターで

 昨年、千葉のカルチャーセンターで、千葉の地震についての連続講座をもった。そのご縁で、担当の丸島さんから『竹取物語』をやってほしいという要望。来年四月から。
 さっき、題名と内容をおくった。

題、『竹取物語』から日本神話の世界をのぞく

内容、『竹取物語』は「私は天女。私は王妃になる」というかぐや姫幻想を平安 時代の物語にもたらしたことは拙著『物語の中世』(講談社学術文 庫)で論じ ました。この講座では、『竹取物語』を原文で読みながら、実はそこにより古い 日本の女神神話が反映していることを詳しくみることに します。

 『伊勢物語』と『竹取物語』はたしかに平安物語のすべてを生みだしたと思う。
 『伊勢物語』は王権内部の不倫の話であり、『竹取物語』は女房として宮廷に召した女性が天女だったという話しである。かぐや姫幻想、少女幻想の話である。『伊勢物語』と『竹取物語』をあわせれば『源氏物語』になるというのは見やすい道理である。『竹取物語』のできた9世紀から、『源氏物語』のできた11世紀にかけての文化と幻想のは、まったく連続的に連なっているのであると思う。
 それはわかっているのであるが、これがあるいは7世紀から、つまり神話時代から連続性をもっているということを、どこまで説得的にはなせるか。事柄自体としては、ほぼ確信するに到っているが、どこまで説得的にはなせるか。
なんとなく楽しみである。

 法学界はどこかおかしいという話を昨日書いていて、ややミスマッチであるが、ーーー

 ただ、ついでに憲法15条の公務員罷免権についての追加。以下は以前の憲法的価値と未来社会論というエントリからコピー。私は国民による公務員罷免権は国家論的にきわめて重要な問題と考えている。

 
 日本国憲法13・14条は個人的所有の保障と特権的所有の否定です。また15条は公務員の任命・罷免権をうたったもので、特権的門地の否定と通ずる規定です。「国家階層制を完全に廃止して、人民の高慢な主人たちをいつでも解任できる公僕とおきかえ、見せかけの責任制を真の責任制とおきかえた」というパリコミューンについてのマルクスの評価に通ずるものがここにはあります。
 そして、25条から28条の規定は、教育をふくめ社会的な労働の尊厳に関わるもので、これは28条の勤労者の団結権をふくめて広く考えれば、労働の具体性・専門性にもとづくアソシエーションを社会のもっとも重要なシステムとして位置づけるということになっていると思います。
 日本国憲法にはさらに「戦争放棄」の規定があり、これが民族と国際性に関わる原則としてきわめて重大であることはいうまでもありません。こういう憲法の許容する未来社会構想からふり返って、過去の世界、つまり歴史的な社会構成を考えるということがあってよいと思います。

 憲法的な立場から過去の歴史を考えるということと、フェミニズムの視点をつらぬいて『竹取物語』を考えるということは共通する問題だと、私は思う。

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