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2015年3月10日 (火)

政府と自治体(沖縄県)の全面対決は望ましくない(巨大基地の建設は白紙に戻すほかない)

 今日(3月10日)の朝の琉球新報電子版によると。3月9日、沖縄県は「辺野古」監視のために職員を常時派遣し、独自に情報収集する体制を決めたという。

 県庁の部局横断的な組織である「辺野古移設問題連絡調整会議」が9日に確認し、これが翁長知事らによる同日の三役会議を経て決定されたという。

 「マスコミ情報頼みではなく、独自に情報を収集し事実関係を確認する必要がある」(浦崎唯昭副知事)ということで、調整会議に詳細な検討を指示した上での決定ということである。

 10日に知事公室の職員が現地を視察し、細かな監視態勢などを決めるということであるから、現在12時少し前、すでに現地視察は始まっているのだろう。知事公室や農林水産部、環境部などの関係各課の交代で監視体制を組むということである。

 これは中央国家と地方自治体との対立が現場の行政レヴェルで行われるということを意味する。沖縄県としては当然のことであろう。県知事選挙の結果をうけて、県民が県知事選の結果に反する行動をしようとする集団を監視するというのは住民自治の原則からいって当然の行為である。その行為を住民にまかせていては地方自治体の行政自治の面目が立たない。

 このままで行くと、国(というよりも自民党内閣)と県庁の全面的な対立に発展する可能性がある。こういうことは明治維新以降の日本現代史の上ではじめてのことである。自由民権運動のときは地域社会と藩閥政府の対立という実態はあったが、県庁レヴェルでの対立はなかった。

 東日本大震災前にプルサーマル計画にきびしい態度をとり、東電を強く批判していた福島県の前県知事、佐藤栄佐久氏が、もし県知事を続けており、東日本大震災と福島原発事故に直面したとしたら、同じような事態が展開していたかもしれないが、佐藤前知事の告発・辞職という経過のなかで、そういうことにはならなかった。しかし、原発とアメリカ基地のような大きな問題は、このような中央政府と地方自治体の行政的対立ということを生む可能性をもっているということになる。

 こういうことは望ましくないと思う。これは現在の自民党政府が法治主義の原則をとっていないから発生することである。法治主義の第一の基本は選挙結果に行政はしたがうということであるはずである。沖縄県民の総意によって選出された知事の公約を無視するなどということは法治主義の大原則に反する。県知事選はいわば住民投票である。住民投票による住民自治に従うというのは民主主義国では普通のことである。それを越えるような国家判断なるものをすることは許されない。

 こういうことが起こるのは、現在の「安倍自民党内閣」に特徴的なことで、外には、ご近所だと現在の中国の体制であろうか。広くみれば、ここには政治と社会の関係の「東アジア的」な特質があるということであろう。しかし、日本の「本土」であれば、住民投票は決定的な意味をもつにもかかわらず、「基地」「沖縄」となるとそうはならないというのは、東アジア的な特質一般では理解できないことである。

 しかも、これは「自民党政府」ということでもないのが深刻な問題である。自民党の前幹事長野中氏が、辺野古への巨大な新基地建設には自己の政治責任の問題として「耐えられない」と述べていることは、それを明瞭に示している。

 普通の現代国家においては、こういう政府と自治体の全面対決という事態の発生は予定されていない。考えられない事態である。こういう形での問題の発生は望ましくない。「自民党政府」は現在の姿勢を撤回してほしいと思う。

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