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2015年6月28日 (日)

安保戦争法案を前にして西田幾多郎を読む。

 安保戦争法案がどういう動きになるのかは心配なことである。東アジアにおける平和は、世界全体にとって極度に大事なものである。この法案は、ともかく東アジアにおける軍事行動の臨戦態勢を法的に作ろうということであることは、どのような立場からであろうと否定できない事実である。武力を行使する体制を太平洋の東(アメリカ)と西(日本)で目に見える体制として作ろうというのである。

 太平洋の上、空中と海面と海中に存在する武力はすでに膨大なものとなっている。それは戦争情報システムによって一体化しており、自働戦闘機、ドローンその他によって情報が兵器と直結する体制ができている。太平洋は、巨大な戦争機械の在処となり、歴史上、もっともまがまがしい姿をとっている。

 今回の法案によって、このアメリカと日本の軍事システムが法的にも、国家間関係としても固定されようとしている。しかも、沖縄の辺野古に、それに対応する巨大基地を作ろうという動きと、それはシンクロしている。

 これが実現すると、もっとも心配なのは、アメリカの引き起こした戦闘とテロの放射的な拡大が東アジアを向くということである。、局地戦あるいは一地帯の戦争という形であった戦争のあり方が連動に変わりかねないというのが最大の問題である。

 ともかくベトナム戦争以降、大国の関わる戦争は東アジアでは抑止されてきた。これは世界にとってきわめて貴重なことであったと思う。ヨーロッパはユーゴからイラクへ戦争に関わったが、ともかく東アジアでは戦火をもたらすことがなかったのである。ロシアと並んで、必要な時は先制攻撃をするという実績のあるアメリカとともに戦争に参加しようということは、日本をふくむ東アジア、東南アジアにテロと戦争の導火線を引き込むようなものである。この法案は、日本や東アジアのみの問題ではないと思う。世界的な戦争とテロの拡散条件を21世紀の世界に作るという結果になりかねないと思う。
 逆にいえば、ここで太平洋規模の戦争機械のスタンバイをここで封じ込めることができれば、21世紀の世界への影響も大きい。
 
 私は、この国にいる学者として、世界戦争というようなことを考える場合に、もっとも重要なのは、やはり哲学の西田幾多郎のことだと思う。
 西田は敗戦直前、1945年6月に死去したが、その三ヶ月ほど前の手紙で「我が国の現状については、不幸にして私どもの予見していた通りになりました。民族的自信を武力に置くというのが根本的誤りではないかと思うのです」「新しい方向は、却ってその逆の方向、即ち世界主義的な方向にあって、世界は知らず知らずその方向にむかっているのではないだろうか」と述べている。1942年の手紙には「こう世界中の人狂うて遂にいかがなるのか。一人の達識の人なきか」ともある。
 これらは西田の本心であろうと、私は思う。いわゆる真珠湾攻撃の「大戦果」をつたえる号外を弟子から渡された時の西田について、その弟子は、戦後、「そのときの先生の全身はただただ深憂であった。先生の直覚は、このときすでに日本民族の今日の非命をを透見せられたのである」と述懐している(以上、上田閑照、西田幾多郎哲学論集3岩波文庫、解説)。

 昨年くらいから、ときどき西田を読むようになった。私は三木清と鈴木大拙を通じてしか西田のことを考えたことがなかったが、西田の哲学は、もちろん、晩年の三木が批判を宣言しているように、いろいろな問題をはらむことはいうまでもないが、三木を読んできたものには、よくわかる部分が多い。そもそも文章が似ている。
 三木が豊玉刑務所で殺されたのは、9月のことだが、三木の窮境は西田はよく知っていたし、戦時下の立場も相似した問題をもっていた。そういう時、「場所的論理と宗教的世界観」などの論文を書きながら死んでいった西田の気持ちの暗さは、ちょうど西田を襲った家庭的不幸などもあって、想像に余る。
 学者が戦争のことなどを真剣に考えざるをえないなどというのは、やむをえないこととはいえ、困ったことである。

 西田は晩年、70過ぎてリュウマチで指をいため、「我が指は氷のごとく固まれり」と書いている。

 私はそんな年ではないが、ここ一月ほど、少し左手が変で、キーボードを打ちにくくなった。ブログもひかえた。
どうしてもキーボードは左手の小指に負担がかかるということで、結局、一月かかって東プレのrealforceといううちやすいキーボードを入手。
 蚕がマユをつむぐようにして両手で文章を書いていくということになれてきたので、それが少し不自由であるというのはストレスである。
 若い研究者の方々は、私よりキーボードを使う期間がが長くなるから、気をつけられますように。

 先日、石黒流古武道の総帥、田村弘二先生の御宅で治療をうけて肩の痛みがとれ、しびれもとれつつある。古武道というのは、やはり相当のものである。

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