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2015年7月22日 (水)

ユーカラの英雄と徳川時代初期の北海道火山噴火

 東北での講演「日本の国の形と地震史・火山史」を終えた。内容が多すぎたと反省しているが、噴火と地震の通史をわかりやすく話す要点は、噴火を中心にすえることかもしれない。
 一番、反応があったのは、「有珠山の大噴火とアイヌの姿の火柱」という話題であった。千葉大の津久井先生の『有珠山噴火史料集』を読めたのが大きかった。

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写真は帰路によった会津の磐梯山。

 その趣旨は下記のようなもの。

 江戸初期の大地動乱を象徴するのは、一六六三年の北海道有珠山の大噴火であろう。噴火で全山が焼けただれたとき、火口から人の姿をした炎が天に飛び上がったという噂であろう。その部分の史料を引用しておけば「焼山の中より夷のかたち成、長ケ壱丈斗の物、天へ上り可申と仕」「山二ツに破、大地震」ということになる。つまり「夷のかたちなる、長ケが壱丈斗の炎が一挙に天にむけて噴出したというのである。ところがその人形をした炎を追うようにして光る円盤状のものが二つ飛び上がり、人形のものを引き下ろすようにみえた途端、炎がくずれて山体に突き刺さり、山が二つに破れて大地震が起きた(『殿中日記』寛文三年八月二十日条)。山体は十分の二・三まで崩壊し、噴火湾沿いの六〇~七〇キロメートル、沖合まで五キロメートルほどの広い海面が火山噴出物によって陸地のようになったという巨大な噴火であった。噴火マグニチュードは五・四とされる(津久井雅志編『有珠山噴火史料集』)二〇一三年三月)。

 噴火の火柱を「夷」のかたちと見たのは、松前藩の武士や商人などがもっていたアイヌへの怖れの表現であったのではないだろうか。徳川幕府の成立とともに、松前藩は渡島半島の南半部を「和人地」として囲い込むと同時に、アイヌとの交易を城下や特定の「商場」にかぎってアイヌの生産物をの買い叩いた。これに対して、一六六九年、日高地方、静内の首長シャクシャインが呼びかけた大規模な蜂起が起こったことはよく知られている。有珠山の噴火がアイヌの人びとに何をもたらし、またアイヌの人びとが有珠山の噴火をどう受けとめたかの詳細はわからない。しかし、この噴火はシャクシャインの大蜂起の六年前であるから、倭人ーアイヌの緊張が、一路、高まっていた時代に起きたことは無視できないだろう。

 そもそも、この時期、一七世紀末から一八世紀にかけて北海道の南部で巨大な噴火が続いた。まず一六四〇年(寛永17)に北海道駒ヶ岳(M五・四)、そして一六六三年には右にみた有珠山、続いて一六六七年に樽前山(M五・四)、一六九四年に北海道駒ヶ岳と、北海道の噴火湾周辺で噴火が連続した。シャクシャインのいた日高地方からみれば倭人による北海道侵略の拠点となった地域が神の怒りに襲われているともみえたのではないだろうか。これはユーカラの英雄、ポイヤウンペが火山の噴火を象徴する火の女神を味方にする超人的な能力をもっている人物として描かれていることと無関係ではないだろう。

 シャクシャインは緒戦では優勢な闘いをしたものの、幕府軍の到着と鉄砲による反撃によって押し返され、さらに和睦儀式でだまし討ちにあい、この反乱は無惨な結果に終わる。こうして、北海道全土が松前藩の直接支配の下におかれ、アイヌ民族は、「商場」における交易相手という立場から、事実上、漁場における下層労務者の地位に転落したのである。これは原始以来続いていた、列島における最後の無国家社会が、ほぼその息の根を止められたことを意味する。徳川国家は、これによって北海道の大地の莫大な富を手中とし、東アジア交易において「帝国」などともいわれる強力な地位を確保したということができる。

 そもそも、右の北海道駒ヶ岳、有珠山、樽前山などの噴火は、早川由紀夫氏の列島の火山の噴火データを論文「Catalog of volcanic eruptions during the past 2000 years in Japan. J. Geography」およびそのWEB版データベースによれば、どれもすぐに述べる一八世紀初頭の冨士の宝永噴火(M五・二)よりも大規模な噴火である。これまで徳川時代の火山噴火というと冨士噴火のイメージを第一としてきたのは歴史学的にはきわめて問題の多い偏見の強い考え方である。歴史的にみれば、この大地動乱の時代における最大の意味をもった噴火は一連の北海道の火山噴火であるとしなければならない。

 早川由紀夫氏のデータベースにそって、日本の各地域の地域史を見直してみるという仕事があるように思う。

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