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2015年8月16日 (日)

日本神話の基本が火山神話であることについて。

 噴火のニュースが本当に目立つようになってきた。

 珍しい冨士火山の女神の画像を載せておく。一一世紀製作、木造浅間神像。富士山と結びついた仙女像。
平成25年重要文化財指定。中央の如来と三女神像
Cci20141121

 日本神話の基本が火山神話であることについて、拙著『歴史のなかの大地動乱』(岩波新書)の179頁を引用しておく。これに天孫降臨神話をあわせて考えることが必要だが、それについては拙著『物語の中世』の文庫版あとがきをみていただきたい。

 12月23日に十和田噴火1100年のシンポジウムがあり、それにむけて、もう一度やっている。


 日本神話における火山の神は女神イザナミである。これは神話学の古典業績の一つ、松村武雄の『日本神話の研究』が女神イザナミの国生神話の解釈によって明らかにされている。イザナキ・イザナミは「ミトの婚合」ののち日本の島々を生みだすのである。「土地の起源が人の生殖として語られたことは(世界で)他に類例がない」「無理な考え方」であるというのが津田左右吉の神話論の基本的な前提の一つであったが、松村の仕事によってそれはすでに成り立たなくなっている。

 神話学の大林太良によっても、出産によって国や島が生まれるというスタイルの神話は、太平洋地域に広く分布しているという。ほぼ同じ地域に「海中に火の起源を求める神話」が分布するというのも重要であろう。ポリネシアでは最初の火の持ち主は地下の冥府にの女神マフイカであり、英雄マウイは彼女を殺して火を現世にもたらした。このような女性の体内・陰部からの火の起源説話について、神話学では、イモ類・雑穀栽培に随伴する死体化生型(ハイヌヴェレ)の作物起源神話、あるいは焼畑文化との関係で論ぜられてきた。しかし私は、その分布地域がまさに環太平洋の火山地帯にあたることに注目すべきだと思う。これらは海底火山の噴火の経験の神話化と考えるべきであろう。

 そうだとすると火山列島・日本の山の神が女神であることは自然なことである。たとえば、『常陸国風土記』には、「御祖の尊」が富士と筑波の神のもとを訪れた時のエピソードがあるが、この「御祖の尊」の御祖については漠然と「尊貴な祖先の神」と理解されることが多いが、たとえば賀茂御祖社の例が示すように、「御祖」とは母親を意味する。この神は、山々の「御祖」である大地母神なのである。この母親の訪問に対して、富士の神が「今日は『新粟』の新嘗の収穫祭の夜で物忌の最中なので、申し訳ないが駄目です」といったのに対して、筑波の神は「物忌ではあるけれども、親のいうことが何よりです」といって歓迎したという訳である。彼らも女神であろう。

 このエピソードは、富士の位置からして、列島の地母神が母娘の火山の女神からなっていることを示している。もとより、筑波山は、火山ではない。しかし、御祖尊が筑波を褒めて「愛しきかも我が胤 巍きかも神宮」と謡ったことは、当時の「神宮」の用例からすると、筑波山が火山とみなされていたことを示している。筑波山は、地下で固まって噴火しなかったマグマだまりが地上に露出したものであって、今でも火山と思われることも多い。そして標高が高く、火山山頂らしい磐座の発達した方を女体山としていることも示唆的で、筑波の神が女性上位であったことは間違いないのである。

 門口で拒否された「御祖の尊」が富士を呪い、筑波を褒めたのが、二つの山の運命を分けた。そのため富士山はつねに厳しい寒さの中におかれて人々が上ることもできないのに対して、筑波山が豊かな水と草木にめぐまれて東国の人々が集まり遊ぶ山になった。『新粟』の新嘗の夜の物忌において客神を歓待するかどうかが、その原点となったというのであるが、この「粟」の新嘗という場合の「粟」は穀物一般を意味するという見解もあるが、粟の焼畑の収穫と考えて問題はない。富士の女神は火山の女神であるとともに粟焼畑の女神でもあったのである。ここには火山神話が作物起源を語る豊饒の神話に展開する事情がよく現れている。

 この点では、九世紀の伊豆神津島の海底噴火が、神津島火山の女神、阿波神が「三嶋大社の本后にして、五子を相生む」と神話化されていることも重要である。つまり、この神津島の女神の名、「阿波神」の「阿波」は「粟」に通ずる。大林太良は、国生神話でイザナミの生んだ「粟の国」が「大宜都比売」と呼ばれていることに注目し、日本における原初農業神は粟などの焼畑耕作にかかわるオオゲツヒメであるとした。「阿波神」とはオオゲツヒメのことであったに相違ない。

 オオゲツヒメについては、『日本書紀』『古事記』に語られた農業起源神話の一つに、天から放逐されたスサノヲが、地上を経巡っていた時に妹のオオゲツヒメにであったというエピソードがある。オオゲツヒメは、スサノヲに同情して、鼻や口また尻から「味物」を取り出して、スサノヲを歓待しようとした。スサノヲが、それを汚いと怒って彼女を殺害したところ、オオゲツヒメの頭には「蚕」がなり、目には稲種がなり、耳には粟がなり、鼻には小豆がなり、陰部には麦がなり、尻には大豆がなったという訳である。地震神、スサノオという観念が九世紀の地震史料の中に確認された以上、東国の火山噴火の中に、スサノオと対をなす神話的な女神の観念が生きていたというのは自然なことといえよう。

 地震神が男神であるのに対して、火山神の肉体は女体であったということになるが、これが九世紀にも信じられていたことは、『延喜式』に残された次の「鎮火祭祝詞」の一節に明らかである。
神伊佐奈伎・伊佐奈美乃命の妹妋の二柱、嫁し継ぎ給ひて、国の八十国・島の八十島を生み給ひ、八百万神等を生み給ひて、まな弟子に、火結神を生み給て、美保止焼かれて石隠れ座して

 つまり、イザナミは「八十国、八十島を生み給い」、その後に「火結神」(火熱の神)を生んで「美保止=ミホト」(陰部)を焼いて死去したというのである。松村によれば、このミホトの原義は「ほとぼり」(熱)の「火処」であって、女性の性器や、噴火口や鍛冶の火床などを表現する。ホトには山間の窪地という意味もあるが、クボも「中央の窪んだところ」という意味から女性性器を意味する。巨大な地母神・イザナミが豊饒の神であったのは、焼畑という農業生産のあり方に根づいたものであると同時に、彼女がエロスの神であったことにも深く関わることであったといわねばならない。


 

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 伊勢志摩の富士信仰を調べております。先生の研究の参考になれば幸いです。
@伊勢志摩国浅間信仰図 https://tokidokizm.amebaownd.com/

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