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« 老子80 将来の社会  国は小さくて人は少ない方がよい。 | トップページ | 四野党は安保、辺野古、原発ですぐに政策協定の作業をはじめてほしい。 »

2015年9月18日 (金)

安保法制は、廃案にするほかない

 国会では、結局、河野自衛隊統幕長の米軍との謀議文書は提出されず、証人喚問も行われなかった。公僕たるものが文書を隠すことは許されないことだ。これは欧米でやればキャビネットがつぶれる。こういうやり方はおかしい。

 しかもこれは米軍との謀議文書である。つまり、この統合幕僚監部の文書「統幕長訪米時の(ママ)おける会談の結果概要について」は、先のブログに記したように、河野自衛隊統幕長が、昨年12月の総選挙直後に訪米し、米軍幹部に「現在、ガイドラインや安保法制について取り組んでいると思うが、予定通りに進んでいるのか」と問われ、「与党の勝利により来年夏までに終了と考える」と発言したことを示している。

 直前の総選挙では安保法制を国民に問うことはせず、自民党公約の271番目に抽象的に書いておき、実際には、米軍に「予定」としてもっと早くから約束していたということである。人びとが知らないところで、米軍と自衛隊が了解し合っている「予定」というものがあり、それを政権幹部が了解しているのである。総選挙ではそれをかくして、アベノミクスなるものを焦点にして宣伝をする。これは謀議である。


 この「予定」がアメリカ軍が次ぎに他国を攻撃するときに実地に動き出すというのがこわいところである。自衛隊が米軍の下で中近東にでていくことも「予定」されているのである。


 人に隠してて何事かを行うというのは、市民生活では認められない、市民生活で認められないことを政治の場ではやっていいのだという論理は成立しない。これは普通の道義をまもらなくてもてんとして恥じないということである。無恥であるから謀議をし、謀議をするから無恥が増殖する。採決劇なるものは茶番である。

 朝日新聞デジタルによれば、「採決」劇は次のようなものである。
「17日午後4時半ごろ、参院特別委員会の鴻池祥肇(よしただ)委員長に対する不信任動議が否決された。委員会室の外で待機していた鴻池氏が右、左、正面とお辞儀して委員長席に腰を下ろした。民主党の福山哲郎理事が「これからの議題は何ですか」と話しかけながら委員長席に歩み寄った瞬間だった。委員会室の後方に控えていた約10人の自民党議員が鴻池氏をガードするためにスクラムを組んだ。同時に、安倍晋三首相も閣僚席に座り、中谷元防衛相と岸田文雄外相が続く。前日夕から足踏み状態にあった委員会が、あっという間に安全保障関連法案の採決の舞台へと転換した」。

 悲しいことに、より大きな謀議を行っている集団にとっては、このくらいはお手の物ということであろう。国家中枢に謀議が巣くうことを許してはならない。

 安部政権の行動を「反知性主義」と批判する向きがある。それはその通りであろう。しかし、それは文脈によっては、やや知識人が、自己の知性を誇るというニュアンスがあって、私は好まない。

 何よりも、そこで集団的に国家機構を使って謀議が行われていることを軽視できないのである。それは反知性ということを越えている。
 
 しかもその謀議は日本という国家とアメリカという国家の公的な関係ではない。日米政財界および軍部の一部に巣くう安保利権集団といわれる集団を地盤にしているというほかない。アーミテージはいわゆるジャパンハンドラーにすぎず、アメリカでは政治家としてみとめられていないという。

 経団連は9月10日、武器など防衛装備品の輸出を「国家戦略として推進すべきだ」という提言を公表し、安全保障関連法案の成立をみこんで、「防衛産業の役割は一層高まり、その基盤の維持・強化には中長期的な展望が必要」として、10月に発足する防衛装備庁に対する先行的要望をまとめたということである。

 軍部、財界の一部が、全体として動いていることは明らかである。まず必要なことは、多くの人がその実態を知り、それがどういうことかを考えることであろう。国家機構・軍部・財界の一部がこういう人びとによって占拠されているのである。

 私は、これは暴走としかいえないものであると思う。それを軽視することはできないが、しかし、暴走というのは、この集団は、この動きの先がどうなるかについて見通しをもっていないからである。戦争がいつ起きるか、どのように起こすかの基本はすべてアメリカが握っており、それに従属する立場である以上、それは当然のことではある全体構想はアメリカの世界戦略なのであるから、必然的にそこには長期的な計画、いわゆる戦略というべきものはない。しかも、この暴走を規定しているのは国家間の公的な関係ではなくして、アメリカと日本という世界資本主義の二大国の隙間に巣くっている利権集団であるから、そこには長期的な意思そのものが宿りようがない。

 彼らにとっては、今が千載一遇の好機にみえるのであろう。先回の総選挙では、投票率は53パーセントであったから、政党支持率を示す自民党の比例票は、国民のなかでの厳密な支持率、純得票率でいえば、17パーセントにすぎない。これは今後もふえることはない。自民党に荷担した公明党も支持率を下がるほかない。小選挙区制による虚構の多数と実際の意見分布は異なっている。

 自民党は原発事故に責任のある政党である。また沖縄の耐えられない基地負担の放置にも責任のある政党である。様々なところで責任を問われることが目に見えており、その意味でも追いつめられていることを彼らは実感している。いま、アメリカへの軍事的協力と従属に進まなければ、機会はないという判断である。しかし、これは蛸が自分の足を食うようなものだ。見通しがない集団の動きによって国がひっかきまわされるのは止めなければならない。

 安保法制の問題は、すべての人びとの仕事と生活に必然的にかかわってくる問題である。この法案は日本の社会と国家にとって危険・無用な存在であって、廃案にするべきものであるというほかない。

 老子31章を訳してみた。君子というのは族長と訳せると思う。老子の神話世界の背後には明らかに族長的な平和思想があるというのがたいへんに興味深い。


 武器は不浄の器
 武器というものは不浄な器である。武器という物自体が自身を嫌っているのではないか。道理を信じるものは、その場にはいない。族長は平時には左の清浄な席を貴ぶが、武器をもちいる時は右側の不浄の席に移る。
 武器は不浄の器であり、本来、族長がふれるべきものではない。これを用いるしか選択がない時は薄暗い気持ちで、勝ったとしても喜びなどはない。武器の使用を楽しむのは殺人を楽しむことである。殺人を楽しむようなことは、志心を得ることができない無明の世界に入ってしまうことだ。吉事には左側の席を尚(あ)て、凶事には右側の席をあてる。副将軍が左にいて、上将軍が右にいるのは、そのためである。これは葬礼の規則と同じように席を決めているのである。殺人が衆ければ、悲哀と涕泣の気持ちが場に満ちる。戦に勝つというのは、葬礼の規則をもって対処すべきことなのである。

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