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2015年9月29日 (火)

『老子』3,賢さをたっとぶということはやめよう

3 賢さをたっとぶということはやめよう
 賢さを特別視することはやめよう。そうすれば我々は競争することをやめる。珍しいものを特別視することもやめよう。そうすれば我々は盗みをしようなどとは考えない。誰も物欲しそうな様子をみせなければ我々の心は乱れない。神の声を聞く人の目指すことは、その心を空しくして普通のものをおいしく食べ、その欲を弱くしてむしろ人間の骨組みを丈夫にすることだ。人びとがいつも心を空しくして欲を弱くできれば、賢しらなものが動く余地はなくなる。こういう簡単なこと(無為)を基礎にして社会は構成できるのだ。


賢を尚ばず、民をして争わざらしむ。得難きの貨を貴ばず、民をして盗みを為さざらしむ。欲すべきを見わさず、民の心をして乱れざらしむ。是を以て聖人の治は、其の心を虚しくして、其の腹を実たし、其の志を弱くして、其の骨を強くす。常に民をして無知無欲ならしめ、夫の知者をして敢えて為さざらしむ。無為を為せば、即ち治まらざる無し。


不尚賢、使民不爭。不貴難得之貨、使民不爲盜。不見可欲、使民心不亂。是以聖人之治、虚其心、實其腹、弱其志、強其骨。常使民無知無欲、使夫知者不敢爲也。爲無爲、則無不治。

解説
 普通、最初の三節には「為政者」「人君」などを主語に補って解釈する。「為政者が才能のあるものを尊重するということをやめれば人民が争うことはなくなる」などという訳である。そうなると、後半部分も人びとのお腹を一杯にして、余計な知識を与えなければ国家は安穏であるなどと解釈せざるをえなくなる。しかしこれでは老子は儒教と同じように政治の術を述べていることになり、しかも一種の愚民化政策を推奨しているということになってしまう。

 そうではなく、この章で、老子は私たち自身のことを心配しているのである。子どものことを賢いといって誉めたり、珍しいものを欲しがるのは、文明のもつ「不安の病」だといっているのである。

 たしかに、文明の基礎にはいわゆる精神労働と肉体労働、綺麗な労働と辛い労働の対立がある。その中で生きていくためには賢くないと不安だという社会心理ができている。また昔から、商品を売って利ざやを得るためには、珍しいものをほしがる心理を組織して、本能的な不安や嗜癖をあおるのが文明社会のやり方である。老子は、そういう文明の病を廃絶するという見通しを語っているのである。もちろん、ここで老子はまず人生訓を語っている。普通の人間が賢さによって勝負しようというのは危険であり、珍しいものに目を奪われていては足下をすくわれるという道理を語っているのである。しかし、老子は、人生を確実にし、不安を克服するためにはどうしても文明批判に進み出ることが必要だともいっているのだと思う。

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