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2015年9月16日 (水)

老子66

 現政権はアメリカと日本財界の中に巣くう安保利権グループを先導して、国の中心である憲法を自己自身でつかみ、骨抜きにしようとしている。手続きもなく、自分から世界の中枢を握ろうなどというのはできることではない。

 集会に来る人をみていると、みなさん、一人一人で駅の方から歩いてくる。 もちろん、集会では旧職場のE氏に会ったように、前提にはさまざまなネットワークがある。その中心が国会に向いている。今週金曜まで行ける方は、一度は国会に行かれて、そういう様子を見られますように。

 老子のいうように、世界の中心は不思議に満ちている。


29  世界の中心は不思議に満ちている。
 自分から世界の中枢を握ろうなどというのはできることではない。世界の中心は不思議なことで満ちている。それは行為の対象ではない。それをすれば壊れるのは自分であり、つかんだと思ったものは失われる。
 先を行こうとする人がいれば、成り行きにまかせようという人がおり、熱くなる人がいれば、それを吹いてさまそうとする人がいる。強剛な人がいれば柔和な人もいる。物事を培かう人がいれば破壊する人もいて、人によって様々だ。
 ともかく、原初の聖者は声を荒げたり、身を飾ったり、偉そうにするのを笑うだろう。

将に天下を取らんと欲して之を為さば、吾、その得ざるを見るのみ。天下は神器なり、為すべからず。為す者は之を敗り、執る者は之を失う。
故に物は、あるいは行き、あるいは随い、あるいは歔(きょ)し、あるいは吹き、あるいは強く、あるいは羸(よわ)く、あるいは挫し、あるいは落つ。
是を以て聖人は、甚を去り、奢を去り、泰を去る。

 昨日はついでに、国会図書館によって『老子』の現代語訳で入手していない加藤常賢氏のもので、古い物と新しい物の関係を確認してきた。新しいもの『中国の修験道』を古書でかえばよいということがわかって購入。

 しかし、驚いたのは、白いトラック、まっしろにぬられた、いわゆる街宣車が3台、国会の周辺をまわっていて、その巨大な横腹に、「見殺しですか天皇陛下・餓死させられる一億もの自国民を」という字が大書されていたこと。これは憲法の天皇条項を直接に攻撃するということのように思える。これは不思議というより驚いたこと。

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