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2015年10月 1日 (木)

日本共産党の選挙協力の提案について

 日本共産党が立憲主義を守り、戦争法案を廃棄する一点で選挙協力を呼びかけた。戦争法強行通過が9月19日未明。日本共産党が、この提案を出したのは、その昼であった。 

 私は同じ日の朝、早く目がさめたので、これを廃案にするためにどういうことが必要かということを考えた。私は政治家ではなく、自分の仕事のことは別にして、その場にならないと先のことは考えない方である。しかし、この安保戦争法案については、強行された以上、次をどう考えるべきかと考えた。

 その結論は「これ自体は、誰でもわかる非常に単純なことだと思う。つまり、国会前の集会に参加していた政党が平等な立場で政策協定をむすび、選挙協力をすればよいのだと思う」ということだった。そしてそれをブログに書いた。私は、国会前の集会で小沢一郎氏が、私はこういう場所にでたことはないが、この法案だけはつぶさねばならぬと思ってでてきたと発言するのを聞いた。強行の翌日に思い出したのは、それであって、安保法制に反対した野党が政策協定をして、選挙協力をするべきことは、これらの政党の全体の義務であるというのが、自然な考えだった。多くの人がそう考えたのではないかと思う。

 ブログに何度も書いたように、昨年一二月の総選挙では、自民党は比例区で国民の17パーセントの支持しか得ていない。しかも直前の最高裁判決は現行の投票権の不平等について「違憲状態だが選挙は有効」としたが、判事15人のうち、4人は選挙の有効性をみとめず、その他でも5人の裁判官が補足意見で、「違憲状態の選挙で選ばれた国会議員は国会の活動をする正統性がない」と言い切った。ようするに昨年の総選挙で選出は、最高裁の半数以上が、現国会の正当性を認めていないのである。現在の国会の多数派は小選挙区制という偏った人為的な選挙制度による虚構の多数であることが三権分立の一方から宣言されているのである。

 しかも、河野自衛隊統幕長が総選挙直後に訪米し、米軍幹部に「現在、ガイドラインや安保法制について取り組んでいると思うが、予定通りに進んでいるのか」と問われ、「与党の勝利により来年夏までに終了と考える」と発言したことが明らかになった(統合幕僚監部の文書「統幕長訪米時の(ママ)おける会談の結果概要について」)。総選挙前から、自民党はアメリカに戦争法案強行の約束をしていたのである。それにも関わらず、自民党は、このアメリカとの約束を隠して、総選挙を行った。

 こういう状態の中でどの世論調査でも6割の反対があり、今国会で通すべきではないという意見はさらに多数に上っていたにもかかわらず、自民党は違憲の法案を強行「通過」させた。こういうことは社会的に許されることではない。

 そういうことを考えてブログを書いていたのだが、ちょうど同じ頃、日本共産党は中央委員会を開いていたのだろうか。人間が同じ時間帯に同じようなことを考えている(あるいは別のことを考えている)というのがネットワークの世界で瞬時にみえるというのは面白いことだと思う。私のブログが「ブロゴス」(というWeb Site)に転載されるのとほぼ同時に日本共産党の提案が載って、それを読んだ。 

 日本共産党の提案のよいのは、提案が暫定政府の提案であることである。つまり、この提案は、政府をつくって、戦争法案を廃棄し、集団的自衛権は合憲であるという昨年7月の閣議決定を取り消した後は、解散・総選挙に入るという単純な提案になっている。暫定政府で一点を解決した後は、その解決を前提として次にどうするかは再び選挙をやるというのは、話が単純でよい。解散総選挙というのは、国家としては予算も使い、主権者としてもてまだが、それだけのことはするべき問題だと思う。政治を単純にするというのが、政治に筋を通し、政治を取り戻すということだ。

 こういう手順が進むのには、2・3年は掛かるだろうが、私は、そのなかで、2011年3月11日の東日本太平洋岸地震と原発事故をどう考えるかの議論が進むことを願う。また沖縄の辺野古基地新建設をどう考えるかの議論が進むことを願う。

 問題の中心は、どれも日本とアメリカとの関係をどうするのかを本格的に考えることである。安保戦争法案は、アメリカの下で中近東・アフリカまで自衛隊が行くという問題である。原発も、アメリカの下でアメリカの技術提供をうけて自民党政府が導入した政策であり、いまでも日本の脱原発にはアメリカが反対している。そして沖縄のことはいうまでもない。これこそ誰がみても、またアメリカとの関係でみれば中心的な問題である。

 私は、私のブログには「四野党は安保、辺野古、原発ですぐに政策協定の作業をはじめてほしい」と書いた。暫定政府を作るなかで、そこまで問題を詰めていってほしいと思うが、ともかく入り口は早くはっきりさせてほしい。

  安部首相の国連演説が聴衆がいないガラガラの会議場で行われていたという情報が写真付きでまわっている。Not a full househttp://www.japantoday.com/category/picture-of-the-day/view/not-a-full-house。これだけ国内を騒がせて、国際社会のために軍事参加しますといっている首相がミエを切っているのに、ガラガラの聴衆しか集められないというのは、本当に困った話だ。それを正確に報道しないというのも困った話だ。しかし、ネットワークの世界は事実を瞬時に赤裸々に明らかにしてしまう。

 『老子』は有名な73章。「天網恢恢、疏而不失」を読む。天の網は大きくて目が粗い。

 危機に直面したとき、行動を決断して殺されるか、自制を決断して活きるか。どちらに利があり、害があるか。天がどちらを否とするか、その理由はなにか。それは、誰にも分かることではなく、神の声が聞こえる人という人にも判断しがたいことである。天の道は、ただ争わないものを善く勝たせ、言上げしないものに善く応え、求めないもののところに来て、坦然としたものに善く計らうというだけである。天の網は大きくて目が粗いのだ。しかし、決して、そのような人の決断を無意味とすることはない。

 この邦が一つの危機に直面していることは確実であろうと思う。
 
 普通「天網恢恢、疏而不失」は、天は何でも知っていて処断するという意味とされるように思うが、上記のように読んでみた。人の決断が無意味となることはないと読んでみた。


敢えてするに勇なれば則ち殺し、敢えてせざるに勇なれば則ち活す。此の両者は、或いは利或いは害。天の悪む所は、孰ぞその故を知らん。是を以て聖人は、猶お之を難しとす。天の道は、争わずして善く勝ち、言わずして善く応じ、召かずして自ら来り、□然として善く謀る。天網恢恢、疏にして失わず。

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