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2015年10月26日 (月)

『老子』6。玄々とした地母神は、その門を谷間の奥に開

 道徳というのは、『老子』で有名になった熟語である。『老子』のことを『老子道徳経』という。問題は、老子は、道を男性的なもの、徳を女性的なものとみこと。「道徳」というのは、男と女について考えることだというのである。同時期の中国に「太一生水」という竹簡本があって、ギリシャの自然哲学と同様に世界の原初を水としていた。これに対して老子の独自性は原初を「男=道」「女=徳」の二元的なものと考えたのである。

 以下『老子』6章。昨日の続き。
6 玄々とした地母神は、その門を谷間の奥に開く。
谷神は死せず、是れを玄牝と謂う。玄牝の門、是れを天地の根と謂う。綿々と存するが若く、用いて勤きず。
谷神不死、是謂玄牝。玄牝之門、是謂天地之根。綿々若存、用之不勤

 谷間の奧にいる神は死なない。それは黒々とした巨大な雌牛のような姿をしている。玄々とした女の門は、谷間の奥に開いて天地の根に通ずる。それは柔らかで細々としているが、その働きはいつまでも尽きることがない。

解説
 不死の谷神の名は玄牝といったという。この谷神とは谷間の奥の凹地に宿る神霊の意で、女性の陰部を神話的に表現したものでるという。また「玄牝」とは玄妙な牝のことであって、それゆえに、「玄牝之門」とは女性の性器を意味するというのが、どの注釈でも共通した解釈である。老子は、女性が胎内に子どもを宿し、はぐくむ力を一つの不思議として賛嘆していたといってよい。それを生命の不死と持続の象徴だというのである。重大なのは、この「玄牝之門」が「天地の根」であるとされていることである。これはまさに前項の『老子』第一章において「万物の母」がなるものが多数の妙なるものを生み出すという「衆妙の門」に重なることであろう。『老子』第一章のいう「万物の母」というものの具体的な神話イメージが、この谷神の「玄牝之門」によって担保されていると考えることができるだろう。

 これは、いうまでもなく大地の女神、いわゆる地母神の姿であろう。興味深いのは、谷間の奥に開いている「玄牝の門」が女性性器であるとすれば、地母神は、地上にその巨大な姿を横たえているということになることである。ここには有名な中国の地母神、女媧のような女神を想定してもよいのではないだろうか。そのようなイメージは、老子の時代には、まだ生き生きとした神話の物語として残っていたに相違ない。

 問題は、「玄牝」の「牝」とは、『説文』(二上)に「畜母なり」とあり、「牡」は同じく「畜父なり」とあって、獣畜をいうことである。そして『礼記』(檀弓篇下)には「牡は玄を用う」とあって、「玄牡」は祭りの犠牲の牡牛をいうから、「玄牝」は牝牛であるのではないだろうか。そして、そうだとすると「玄牝」「玄牡」の「玄」は一般にいわれるような玄妙という形容詞というよりも、「玄い」という意味であると考えた方がよい。

 こうなると「谷神、是れを玄牝と謂う」という谷間の女神は、むしろ雌牛の姿をしており、しかもその色は玄い=黒いと考えられていた可能性が高いだろう。実際、中国では牛が水神であることは多い。松村武雄『中国神話伝説集』(教養文庫)によれば中国の神異伝説には神樹の精は伐採の手がおよぶと変身して、水中に逃げ込むという物語が残っている。『捜神記』では、その牛は牝牛であったとも、黒牛であったともいい、『元中記』では青い牛であったという。これは古く殷の時代から、水中に犠牲の牛を沈めて水神を祭ることが多いのと関係するのであろうか。有名な殷の卜骨はしばしば牛の骨であり、殷の王子たちの妻たちは多婦と呼ばれる集団をつくっていたが、彼女らの重要な仕事に犠牲用の牛の肩胛骨を卜占用に整備することがあったという*1。水に投ぜられた犠牲の牛や卜骨ちょなった牛の性別は(私には)不明であるが、福永は「玄牡」が祭りの犠牲の牡牛であることは「女性が永遠の母であるのに対して男性は悲しき犠牲ということになる」としている。

 二八章には「其の雄を知り、其の雌を守れば、天下の渓と為る」、つまり人が男を知り、女性的な柔弱さを持ち続けるならば、水の集まる谷間のように人びとが集まってくるとあるが、女性と谷間と水が一連のイメージをもっていたことは明らかである。老子は、谷という言葉自体をすべてを受け入れて養う女性的な受容性を意味する比喩として使っているのである。

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